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第3話 疑わしきは女医

 その古びた診療所は、貧民街の一角にあった。

 この辺りはアルビオでも特に治安が悪く、窃盗(せっとう)と殺人が日常となっている。


「我々が火の魔女の疑いで調査をしているのは、診療所のクリスティー医師だ」

「医師が、魔女の疑い……ですか?」


 やや意外に感じながら、アルヴィンは聞き返した。

 貧民街は教会関係者が立ち入ることも滅多になく、見捨てられた区画とさえ揶揄(やゆ)される。そんな場所で医療を(ほどこ)すのは、並の志ではできまい。


 診療所の看板が風で揺れるのを遠巻きに見ながら、ウルバノは声を低くした。 


「殺害現場での目撃証言が複数あった。内偵したところ、彼女の診療所で不可解な回復をとげる患者がいることが確認された。我々は、彼女が火の魔女である可能性が濃厚だと判断している」

「審問はしたのですか?」


 審問は、相手が巧妙に隠した本性を見極め、言質を引き出すための武器だ。

 魔女は、その本性を隠し社会に溶け込む術に長けている。


 善良な隣人が、実は数十人を呪殺した凶悪な魔女だった、そんな例はごまんとある。

 医師としての慈善(じぜん)が、社会の目を(あざむ)くためのカモフラージュなのか、審問すればはっきりとするだろう。 


「そんな簡単な話ではないんだ。彼女は貧民街の医師として、住民からの信望が(あつ)い。下手に審問をして我々が疑っていると広まれば、貧民街全体を敵に回しかねない」


 ウルバノは苦りながら続ける。


「内密に監視し、確固たる証拠を掴んだ上で、駆逐すること。ベラナ師からもそう厳命されている」

「それで確固たる証拠とやらは、いつ掴めるんです? 悠長(ゆうちょう)に構えて犠牲者が増えれば、教会の怠慢(たいまん)だと非難されても反論できませんよ」

「それはそうだが……お、おい、どこへ行くつもりだ!」


 ウルバノが慌てて声を上げたのは無理もない。

 診療所へとアルヴィンが歩き始めたのを見て、腕を掴む。


「何を考えている? 不用意に接触するな」

「進まなくては、いつまでたっても解決しませんよ」


 手を振りほどくと、診療所へと足を向けた。 

 ウルバノは目立つことを嫌ったのか……それ以上は追い掛けてはこない。


 診療所の入り口に立つと、アルヴィンは立て付けの悪い扉を開いた。

 待合室には、くたびれたソファーが置かれ、十人ほどの患者が腰掛けていた。


 頭の裏が、チリチリと焼けるような独特な感覚が、狭い室内には満ちていた。

 魔法の痕跡(こんせき)を、人はそう感じ取る。

 アルヴィンはその力が特に鋭敏(えいびん)だった。

 この診療所が、魔女とは全く無関係、というわけではなさそうだ。


「こんにちは。初診の方ですか?」


 足を踏み入れると、受け付けにいた少女が駆け寄ってきた。年齢は、同い年くらいか。

 アルヴィンは胸元に懸けた、青銅の蛇が巻き付いた銀の十字架を見せる。


「この通り教会の者だ。クリスティー医師はいるか?」

「せ、先生は診察中ですが……」


 教会という単語に、少女は快活な笑みを(こわ)ばらせた。

 と、同時に、背中に向けて複数の敵意のこもった視線が照射されるを感じる。

 どうやら自分は、招かれざる客のようだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 先生はお忙しいんです……って、訊いていますか!?」


 診察室は見たところ、受付から少し奥まった先にあった。

 少女の制止を無視して、足を向ける。

 奥に向かうほど、より濃密な魔法の痕跡が感じられる。


 魔女との接触は、慎重であるべきだ。

 そうあるべきだが……今ほどの好機はないと、アルヴィンは確信していた。

 魔女は、日中は魔法を使えない。

 魔力の源泉は、月だと言われる。つまり、魔法が使えるのは月夜に限られるのだ。


 クリスティー医師が仮に火の魔女だったとしても、踏み込んで即火だるまにされる心配は、今はない。


 扉をノックもせず、アルヴィンは診察室に踏み込んだ。



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