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第45話 天使と悪魔たち

 早朝の、清涼な空気が頬を撫でた。

 アルヴィンは気だるさを感じながら、重い瞼を開けた。

 アルビオにある、自室のベッドの上──ではない。


 目に映ったのは、大理石の床だ。そこに、這いつくばっていることに気づく。 

 息は……苦しくない。


 アルヴィンは深く呼吸し、新鮮な空気を肺の奥に押しやった。

 意識が次第に明瞭となり、周囲の状況を理解する。

 そこは、扉の迷宮ではない。

 見覚えのある書架が整然と並んでいる。


 ──聖都の、大図書館だ。


 戻ってきたのだ。還った者のない、迷宮から。 

 天窓から陽光が差し、眩さにアルヴィンは目を細めた。  

 まさに、間一髪だった。


 フェリシアと、エマは無事だ。そして、アズラリエルもある。

 実に困難な試練だったが……この結果は、及第点といっていい。やり遂げた達成感は小さくない。


 背後には、黒檀で造られた禁書庫があった。その扉は、ぴたりと閉じられている。

 もう二度と、あそこには立ち入りたくないものだ……アルヴィンは立ちあがり、禁書庫に背を向けた。

 そして、息が止まった。


 禁書庫から少し離れた先で、小さな人影が動いた。

 白の祭服に緋色の帯を締めた、天使の見習いのような少年──枢機卿エウラリオだ。

 背後に、二十人近い処刑人を従えている。


 禁書庫から出てくるのを、待ち構えていたのか……アルヴィンは背中に二人を庇い、身構える。  

 処刑人らが、一斉に動く。


 ──どうしてこう、次から次へと続くんだっ!


 運命を司る天使は、相当意地が悪いらしい。

 拳銃に手を伸ばし、そこで、さらなる驚きに見舞われる。


 エウラリオと処刑人は、アルヴィンに向かって──恭しく、跪いたのである。

 それはまるで、臣下が君主にとるものだ。


 ──なぜ、僕に……? いや、様子がおかしい!


「ご苦労」


 玲瓏とした少女の声が、背後で響いた。

 小さな手が伸び、フェリシアからアズラリエルを掠め取る。

 アルヴィンの脇を通り過ぎたのは── 


「……エマ?」


 処刑人らが跪いたのは……その、少女に対してだ。

 エマは数歩進み、振り返った。


 三つ編みを解き、さらさらとした金髪が流れた。

 少女は無邪気な微笑みを浮かべると、アルヴィンに一礼した。


「申し遅れました。わたしはステファーナ。枢機卿会会主、エマ・ステファーナです」

「……!」


 アルヴィンは、言葉を失った。

 教会の影の支配者であり、父を死に追いやった宿敵──それが、ステファーナだ。


 ──この……少女が?


 アルヴィンには、出来の悪い冗談としか思えない。

 戸惑いを浮かべたフェリシアが、少女に駆け寄った。


「エマ! どうしたんだい!? それにキミ、声が──」


 その瞳を、ステファーナはじっと見返した。

 途端、フェリシアの双眸から……意志の光が、消えた。


「フェリシア女史は、古言語に精通していらっしゃる。白き魔女追跡のために、お力を貸していただけませんか」

「──よろこんで」


 フェリシアは抑揚のない声で答える。

 その眼差しは、人形のように虚ろだ。 


 ──精神支配だ。


 アルヴィンは戦慄した。

 背中を、冷たい汗がつたう。

 精神支配は、人の心を支配し操る、高度な魔法だ。


 それを少女は、いとも容易く使って見せたのだ。

 月が、出ていないにもかかわらず。


「審問官アルヴィン」


 ステファーナは微笑み、アルヴィンの顔を見上げた。 

 

「少し、話をしましょう」


 声は朗らかで柔らかい。

 だが拒むことを許さない、何かがあった。 

 



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