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第23話 二通の手紙

 ──午前四時。


 薄闇の中に気配がある。

 ひとりではない、複数だ。

 男達は一言も発さず、作業に没頭している。


 突然発せられた甲高い金属音が、彼らの動きを止めさせた。

 全員が彼女を注視した。


「──どうかされましたかな?」


 厳めしい顔をした男が、床を転がったボウルを拾い上げる。

 白髪の老婦人は無言でそれを受け取った。

 よく見ると男は……ピンクの三角巾に花柄のエプロン姿である。


 そこは魔女を狩る術を学ぶ学院、通称オルガナの厨房だ。

 この時刻、朝食の準備の真っただ中にある。


 老婦人は、手を止めた教官らを見やった。

 その声は深刻な響きを帯びている。


「鍵を、手にした者がいるようです」

「まさか……!」 


 厨房に、どよめきが走る。


「枢機卿派が……鍵を?」

「それは分かりません」


 首を振ると、老婦人は傍らのピンクエプロンを見やる。

 その双眸には、厳しい色がたたえられていた。


「ヴィクトル、直ちに手配を。事態は一刻を争います」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆





 ──シュベールノの広場近くにできた占い小屋は、よく当たるらしい。


 ここ一ヶ月、アルビオはその話題で持ちきりとなっていた。

 評判が評判を呼び、人々が連日行列を成している。

 占い師の名は、ポラリスだ。


 黒いベールを口許につけ、神秘的な雰囲気をまとった占星術師である。


「次の方」


 今日も朝から、客足は絶えることを知らない。

 彼女は扉の向こうの客を呼んだ。

 だが……返事はない。


「次の方!」


 やや語気を強くする。

 しばらく待つが、結果は同じである。 

 ポラリスはため息をついた。


 たまに居るのである。要領の悪い、ノロマな客が。

 ただでさえ、間抜けな連中を喜ばせてやる作業に辟易しているのだ。


「聞こえませんか!! 次の方!」


 ようやく、である。

 パタパタと足音を立てて、小柄な人影が小屋に入ってくる。


「あなた、恋占いも得意なのですってね!?」


 悪びれた様子もなく、客は椅子に腰掛ける。

 一言イヤミでも言ってやろうと口を開き……手にしたカードがボロボロと床に落ちた。


 目の前にいるのは少女の面影がまだ残る、可憐な顔立ちをした女性である。

 そして、黒の祭服を着ている。

 アルビオで最も恐れられる審問官のひとり──エルシアだ。


 顔を引きつらせた占い師と視線が合うと、彼女は口許をにやりとほころばせた。


「今回はやりすぎましたわね、星読みの魔女ポラリス」

「わ、私は何も知らないっ!!」


 机を蹴飛ばさんばかりの勢いで、女は立ち上がった。

 ただし、勝手を許されたのはそこまでだ。

 エルシアに背を向け……直立したまま、指一本動かせなくなる。


「占いの途中でしょ? 座ったらどうなの?」


 女の鼻先に、冷たく光る短剣が突きつけられている。

 一切の気配なく背後に立っていたのは、エルシアである。


「ゆ、許してちょうだいっ!」

「許す? 何をです? 依頼者の不安につけこんで、何の効果もない壺を法外な値段で売りつけている件です? 謝って許されるのなら、審問官はいりませんわよ?」


 エルシアの表情は穏やかだが、口調は手厳しい。


「あなたには警告したはずですわよ? 人に害をなさないのなら、駆逐はしない。でも、害をなすつもりなら──」

「で、出来心だったのよっ! お金を返せばいいんでしょっ!?」


 悲鳴にも似た金切り声が上がる。

 ポラリスは人命を奪うような凶悪性はなく、魔女としては小物の部類に入る。

 敢えて駆逐するまでもないが──


 二度と馬鹿な考えを起こさないよう、しっかりと灸を据えなくてはならないだろう。

 エルシアが口を開こうとした、その時だ。

 部屋に新たな影が飛び込んだ。


「審問官アリシア、エルシア! こちらでしたか!」


 それは最近配属されたばかりの、審問官見習いの少年である。


「何ですの? 今いいところですのよ?」

「し、し至急の用件です! お二人にお手紙です!」


 息を切らしながら、少年は封書を差し出す。 


「至急? それも、二通?」


 エルシアは小首をかしげた。

 同じ差出人から双子に一通ずつ、というわけではない。

 それぞれ差出人は異なる。 

 彼女は封蝋を割ると、双方を開封した。


「何が書いてあるの?」

「ひとつは教皇庁からですわね。審問官アリシアとエルシアは、直ちに聖都へ出頭せよ、と。以上ですわ」

「……聖都に? もう一通は?」

「何も」

「……何も?」

「そう、何も書いてありませんの」 


 エルシアは軽く肩をすくめる。

 二通目の封書には、差出人の名が書かれていない。そして中には……白紙の便せんが一枚入っているだけだ。

 よく見ると、学院の透かしが見てとれる。


「どうしますの?」

「ひいいっ!!」


 蛙を踏み潰したような、情けない声があがった。

 二人の隙を狙って逃げようとした占い師の足を、アリシアが引っかけたのだ。


「ねえ、ちょうどいいと思わない?」

「何がよっ!?」


 地面に這いつくばり、自棄気味に叫び返す女に、アリシアはにっこりと微笑む。


「聖都かオルガナ、どちらに行くかよ。さあ星読みの魔女ポラリス、あなたの力を有効活用してもらいましょうか」




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