4.機械の転生③
「……ん、んーっ」
数時間後、目を覚ました少女は可愛らしい声を鳴らしながら伸びをする。
彼女の寝ぼけた視界に最初に移ったのは、一心不乱に机に向かう女の姿だった。
「エイル?」
「あ、セラさん。おはようございます」
「おはよー。それで、何してるの?」
「これは……あっ、すみません。勝手に紙とペンを借りてしまいました」
「それはいいけど」
俯きがちに謝ると寝起きの少女は近づいて、机上の惨状を目にした。
「魔法陣……? エイルが書いたの?」
「見よう見まねですが治癒魔法陣を。ただ魔法の発動方法までは分からなかったので機能するかは……」
「ふーん。エイルの残ってる傷痕で試してみていい?」
「構いませんよ」
軽く返事をしてから気づく。もしこれで治癒魔法が発動しなかったらどうしよう。
発動しないだけならまだいい。何かの間違いで攻撃魔法になってたら?
魔法陣を向けられて焦るが、最早祈ることしかできない。
数秒後、発動した魔法は既視感のあるものだった。
光が発生し、纏わりついた部分の傷が塞がっていく。
今度こそ完治した体を見て一安心した。
「ホントに発動した……治癒魔法は見本もなかったけど、一瞬見ただけで覚えたの?」
「断片的にですが。覚えていない部分は他の魔法陣と実際に目にした魔法から構成を予測してみました」
「ほー……ね、話変わるんだけどさ」
「な、なんでしょうか……」
魔法陣製作の過程を答えると少女は興味深そうな顔を私に見せてくる。
覗き込むように詰め寄られ、思わず退くが部屋が狭いからか後ろは壁だ。
セラは逃がさないと言わんばかりに接近し、目を輝かせて聞いてきた。
「記憶無いっていってたよね。もしかして帰る場所もなかったりする?」
確かにこの世界には来たばかりで行く宛はどこにもない。
けどそれを聞いてくる彼女の表情がどうにも気になる。
「その通りですけど……なんでそんなに嬉しそうなんですか? 私の不幸から蜜の味でもしますか?」
「うん。エイルが不幸なお陰でとても嬉しい」
にまにまと笑いながら非道なことを言うセラ。
次いで突飛な提案が少女の口から発せられた。
「私と魔法陣で一稼ぎしない?」
その言葉に私の思考は数秒停止した。
意味は理解できる。けど唐突過ぎてその結論に至った理由は分からない。
「詳しく聞いても?」
「んー……魔法陣って高価なんだよね。それは作り手、精霊文字を読める人間がいないから。今はどこのお店でも高騰が止まらない」
「需要過多の供給不足ってことですか。ということは今魔法陣の事業を立ち上げれば……」
「そう。すごく儲かる」
その話は渡りに船だった。
何も持たずに知らぬ世界に来た私、他の人にない長所があるならそれを使わない理由はない。
それに共同経営ということはしばらくこの少女と共に過ごせるということ、彼女からこの世界のことを色々聞けるはず。
ただ一つだけ気がかりはあった。
「でも一緒にって言いますけどセラさんは何をするのですか?」
「あ、私の担当はそれ」
「それって……紙ですか?」
彼女が指差したのは未だ何も書かれていない白紙の束。
私もその束から数枚借りたばかりだ。
「魔法陣作るには大量に必要でしょ?」
「そうですね。売りモノとは別で試作研究用にも欲しいです」
「だよね。だからそれ私が用意するよ」
「?」
今回ばかりは言葉の意味を測りかねた。
用意するとは? 製紙工場の伝でもあるのだろうか?
疑問符を浮かべたような顔をしていると、セラは両手を前に掲げる。
すると彼女の手が淡く光だした。
「え? 何故突然魔法を?」
「いいから見てて」
言われたままに黙っていると、変化はすぐに起きた。
セラの手先から突如それは出現する。次々と無から産み出される有。それは紙だった。
まるで一つ一つが大きな紙吹雪。床一面が白くなるほど紙は生産する。
目の前の非現実的景色を見て改めて実感させられた。
私は魔法の世界に来たのだと。
紙なんていくらでも見てきたつもりだったけど、不覚にもその景色は幻想的だと思わされた。
「私には紙を作る固有魔法がある。いくらでも出せるから遠慮なく言って」
「……素晴らしい魔法ですね」
元の世界で有限とされていた資源を容易く生産できる。
この世界ではごく普通のことかもしれないけど、私には神秘的に思えた。
だから私はセラの魔法に好感を持ったしお願いを引き受けたくなった。
「いいですね。生活資金は必要ですし……でもその後は? 十分稼げた後にしたいこと、例えば夢なんかはありますか?」
気になったのはその共同経営がいつまで続けられるのか。
事業を起こすなら先を見据える必要がある。
するとセラはある意味予想外の返答をする。
「ないよ。強いて言うなら何もしないこと、それが私の夢」
「……え?」
何もしない、そこにどんな意味が隠されているのかと深読みしてしまう。
けれど実際に大した意味はなく、それでもセラは胸を張って堂々と自分の夢を語った。
「私は楽に稼ぎたいだけ。何もせずダラダラ生きるのが夢なの」
曇りなき眼で堕落を願う少女。夢というには酷く利己的だ。
そして今の私にはそんな夢を持てる彼女が羨ましく思えた。
「……ふふっ。いいですねそれ。その夢すごく好きです」
「でしょ?」
自慢げな彼女もまた良い顔をしている。
人間として生きるなら彼女くらい欲に忠実な方がずっと生きやすいのかもしれない。
「……決めました。その魔法陣事業やります」
「ほんと?」
「はい。私はまだこの世界でやりたいこともありません。だからまずやれることから。その中で私も夢を見つけます」
魔法陣を作る技術者、つまり魔法陣技師。
技術者として幸せになれる道を探せば、前世の私が使命を全うするにはどうすればよかったのか分かるかもしれない。
私が決心を固めると、セラは向き直った。
「ならもう私達は協力関係、遠慮も必要ないね」
「遠慮って?」
「寝る前も言ったけどさ、セラでいいよ?」
「? ……あ、なるほど」
遅れて言葉の意味を理解する。
前にも同じように言われ、私は彼女の呼び名を変えた。
けれど彼女はもっと言葉通りに受け取って良いと言いたいのだろう。
「では改めまして……よろしくお願いします。セラ」
「言葉遣いももっと楽にしていいのに」
「それはダメです。敬語は私のアイデンティティなので」
「なにそれウケる」
「楽しんでいただけたのなら何よりです」
それが私のセラとの出会いにして、魔法陣との出会い。
改めて実感する。私は人間になったのだと。
会話するごとに注ぎ込まれる無数のデータ。こんなの計算機能があっても処理しきれない。
これが感情、これが心。これが生きる希望――――私は今、生きてるんだ。
もしも一人だったら路頭に迷い、折角手に入れた生もすぐに手放していたかもしれない。
そういう意味でも私はこの出会いに、助けてくれた彼女に心の中で深く感謝した。
◇
「よかった……ちゃんと忘れててくれて」
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