34.エイル・ミズリア⑥
◆
~転生直後の記憶~
目が覚めたのは機械ポッドの中だった。
液体に浸された小さな体。
そのポッドが開かれ、私は初めて外気に触れる。
全身の収縮、身の危険を脳が察する。
寒気。布一つ纏わぬ姿で寒いと感じているのだろう。
録に身動きできないのは初めて体験する人間の体だからなのか、それとも単に筋力が足りないのか。
目の乾きに対する瞬きしか出来そうにない。
現状の把握、不可。脳の処理が追いつかない。
そんな思考の中、不意に視界の中に入り込む人物がいた。
若年の白衣の女性。
「おはようエイル」
その女性は私の名を知っていた。
「初めまして、あるいは久しぶり。と言っても君にとっては一週間ぶりか。一応自己紹介をしておくのだよ。私は……」
見た目は違う。声も違う。
しかしその知識、話し方、私の記憶に残っている。
脳が演算し導いた一つの答え、一人の人物の名前、無意識のうちに私の喉から音が鳴る。
「み……あ……」
「ほう、流石だね」
肯定の言葉、それを聞いて胸の内が温かくなる。
永留美亜は死んだ。私は美亜を孤独から救えなかった。
でも今目の前で美亜が生きている。
「確かに私は永留美亜だ。前世では君の開発者、今世では君の肉体の製造者。君を2度産んだ女なのだよ」
美亜の生存、再開、また私を産んでくれたという事実。
それらを頭の中で反芻すると、瞼の内に熱を感じる。
次第に視界が滲み、液体が溢れて頬を伝う。
私を見つめる美亜は微笑み、次いで私に告げる。
「さて、生まれて早々で悪いが君に使命を与えるのだよ。いいかな?」
問いかけだと判断。私は肯定した。
未だ発声方法は理解できていなかったが、辛うじて首を縦に振ることはできた。
私の肯定動作を見て、美亜は命じた。
「エイル。精霊を滅ぼしてくれ」
前世の使命は失敗で終わった。私は美亜の孤独を埋められられなかった。
そして今度は別の使命、これはチャンスだ。
精霊、それが何なのかは分からないけれど、美亜の期待に応える絶好の機会。
胸が高鳴る。活力が湧いてくる。
そうか、これが人間。これが心というものか。
希望と喜びで心が満たされ、また視界が滲んだ
◆
~記憶喪失直前の記憶~
転生してから5年、精霊を滅ぼす使命のために準備した。
そして満を持して精霊と相対した。
「脆い。転生者といえど所詮は人間、魔法がなくては生きられない弱者か」
敵わなかった。
精霊が魔法で殺せないことを承知の上で挑んだ。
足りなかったのは単純な実力。
「やはり人間は愚かだ。その愚かさは許容できない。我々精霊の判断は間違いじゃなかった」
精霊は見下す。人間という種族を。
精霊は告げる。自らの目的を。
「人間を滅ぼす。まずはあなた達から……死になさい、永留美亜の子孫よ」
精霊は放つ。私を滅ぼす大魔法を。
私の記憶はそこで途切れた。
◇
ミカエリス国を出てセラと再会し、私達はスリウス村に帰還した。
そこでは既にクレハが待っていた。
心配そうに声をかけてくれて、私も今回の騒動について話した。
「そーか、ヘルエスに襲われて……それで無事だったんか?」
「……ええ。返り討ちにしてやりましたよ」
「ほーならよかったわ」
私は殺されかけたこと、そして自身の正体については伏せた。
元々セラ以外に転生者であることは話していない。
話せば危険に巻き込んでしまう可能性があるから、この事実はできる限り秘めるべきだと思う。
「それで? ヘルエスはどうなったんや?」
「あの男も爆発に巻き込まれているので無事ではないかと……」
「残念だけど、ヘルエスは生きているわ」
否定するように話に割り込んできた言葉は背後から聞こえた。
私が殺すつもりで放った自爆攻撃、無事で居られたら困るのだが……。
声の主は今しがた帰ってきたらしいイザベラだった。
「イザベラさん……なんで分かるんですか?」
「現地の方に確認してきたわ。街の調査によると、瓦礫の山の中にヘルエスの遺体は見つからなかったそうよ」
「しぶといですね……大技に頼るより確実に息の根を止めておくべきでした」
決着を急ぐ余り広範囲の爆発で仕留めようとしたのが間違いだったと後悔する。
そんな私を案じてなのか、クレハが私に声をかけた。
「いや、エイルはもう気にせんでええよ。あとはうちが追うから」
「クレハさん……そうですね。よろしくお願いします」
私は素直にその申し出を受け入れる。
本当なら止めたいところだが、彼女の事情を知っているのだから止められるはずもない。
ヘルエス・カルステッドはスリウス村を滅ぼした張本人、つまりクレハの復讐相手だ。
だから生きているのなら獲物の横取りはできないし、だからこそ私は確実に消しておくべきだったと後悔する。
「ヘルエスを追うなら、まずは修行しなきゃね。クレハ」
「うぇ……はいはい分かっとるよ」
「ならさっさと始めましょう。エイルもお大事にね」
「また後でなー」
「はい。いってらっしゃい二人共」
見ない間に親密になったらしい二人を見送る。
取り残された私とセラは二人きりになった。
「で、エイルなんか隠してるよね?」
「……分かってますよ。セラに隠し事するつもりはありません。でもクレハさん達まで私の事情には巻き込みたくなかったので」
セラには霊属誓約のせいで隠し事ができない。
本当ならセラも巻き込みたくないけれど、仕方なく私はセラに全てを話した。
ヘルエスとの戦いで起きたこと。
私の記憶が戻ったこと。
そしておそらくだが、私が精霊であることも。
「いやぁ焦りましたが、今となっては精霊で良かったと思います」
「ふーん大変だったね」
「ドライな反応ですね……ビジネスパートナーが死にかけたって言うのに」
かなり壮絶な経験だったし、突飛な話をしたつもりだった。
それでもあくまで他人事のような反応。セラらしいというかなんというか。
私も構わず思いのままに話す。
「でもやっぱり、まだ死ねませんね。記憶を取り戻したおかげで使命も思い出しましたし」
「使命って前に話してたあいてぃー改革?」
「それも技術者としてはいつか叶えたい夢ですね。……けど私には別にやるべきことがあったんです。転生者エイルとしての使命が」
「転生者としての……?」
記憶を失う前の『エイル』と記憶を失った後の『エイル・ミズリア』は最早別人だ。
両者とも生きる目的が違いすぎる。
そして現在の私がどちらなのか、私にも分からない。
『エイル』のすべきことと『エイル・ミズリア』のしたいこと、どちらが正しいのか私には分からない。
「私は使命を果たすためだけに生きてきました。けれどセラに拾われたあの日、気づけば私は記憶を失い魔法陣を読めるようになっていた。その理由は分かりませんが……原因の推測だけならできます」
セラは私が倒れていたと言っていた。
では何故倒れていたのか、何故精霊になってしまったのか。
分からないことだらけだが、変化点だけは分かる。
記憶を失う前の最後の記憶、それは……。
「あの日私が記憶を失い、精霊になったのは……精霊に殺されたからなんです」
精霊と戦い、精霊に殺されるまでが失っていた記憶。
その後何故か生き延びて、精霊言語を読めるようになった。
私が精霊になったというのなら変化点は間違いなくここだ。
「精霊に殺されたって、どうしてそんなことに?」
「戦ってたんですよ。転生者と精霊は敵対関係にあるので……少し歴史の話をしましょうか」
私は語る。私の知る転生者と精霊の在り方、その原点について。