3.機械の転生②
「よし、これでお互い腹を割って話せるようになった」
「片方だけ割った腹を隠せるので対等とは言えませんけどね……」
人生一日目。私は早くも人間不信になりかけていた。
楽しそうに話す少女、セラは私に嘘をつけない。代わりに私はセラに隠し事ができない。
信用させるための契約だと言うのならせめて対等であって欲しかったが、そうまでして彼女は隠したいことがあるのだろうか?
「悪いとは思ってるよ。だからまず治療してあげる」
「治療って私の? そういえばあちこちに傷が……」
「ん。大量出血とかはなかったけど見つけたときからボロボロだった」
初めての感覚ばかりで意識してなかったが、この不快感は痛みだったのか。
それにしても転生したばかりでボロボロで倒れているというのも妙な話。
もしかしてこの体は前の持ち主が居て、私がその体を奪ってしまったのか?
と考えても答えの出ない問いよりも、今は目先の問題解決からだ。
「なるほど……じゃあ傷薬だけ貰っていいですか? 自分でやるので」
「なんか警戒してる? でも傷薬はない。代わりにもっといいのがあるから」
「良いもの?」
そう言って彼女が取り出したのは4枚の紙。描かれていたのは真円の中に書き込まれた幾重もの文字列。
ここが異世界であることも鑑みて、詳しくない私にもそれが何か予想できた。
「それってもしかして魔法陣ですか?」
「そっかエイルの世界には魔法がないんだっけ? でも魔法陣は知ってるんだ」
「フィクションの知識なので詳しくはないのですが……この中に治癒の魔法陣もあるということですか?」
「そのはず……なんだけど……」
消え入りそうな声で複数枚の紙を何回も見直す少女。
おそらく治癒魔法の魔法陣を探してくれているのだろうけど……。
「うーん。どれだっけ」
「忘れちゃったんですか」
「適当に使ってみていい? ハズレ引くと皮膚が焼け爛れるかもしれないけど」
「そんなロシアンルーレットはごめんです……」
折角用意しようとしてくれたが、これでは治癒魔法は諦める他ないだろう。
そう思いながら散りばめられた魔法陣を一瞥し、ふと気になりそれらを注視してみた。
「セラさん、ひょっとして治癒魔法ってこれじゃないですか?」
私は4枚ある魔法陣から1枚を取り出した。
もちろんそれを選んだのは適当ではない。
別の3枚に指を向けてそれらの正体を告げる。
「あとの3枚は……これが光源魔法、こっちが熱風魔法、最後が氷結魔法ですよね?」
「全部あってる……どういうこと? なんで精霊文字が読めるの?」
「どうって、ただ読んだだけですけど……確かに初めて見る文字種ですね」
読める、というより文字を読んだ瞬間に語訳の検索結果が頭の中にインプットされる感じ。
正直気味が悪い。AIだった名残で脳にナノマシンでも入れられているのだろうかと疑ってしまう。
しかしその不安もセラの言葉によって解消されることになった。
「もしかして異界人のスキル?」
「スキル、ですか?」
「異界の人はみんな魔法とは違うスキルっていう特殊な力を持ってるって聞いた。エイルは言語解読ができる?」
「そう、なんですかね? それなら知らない文字読める理由としても納得できそうですし」
スキルとやらに詳しくはないが、魔法があればそういうものもあるのだろうと納得できる。
解釈の真偽はどうあれ妥当な予想だと思って良いだろう。
「とりあえず怪我治すね」
「あっお願いします」
少女が私に向けた魔法陣は淡く発光、その光は徐々に強まり軌跡を描いて私の体にまとわりつく。
痛みを感じていた部分がむず痒くなるが耐えること数秒、光が収まった。
魔法が完了したのだろう。一目で分かるくらいに擦り傷や内出血は綺麗な肌色に変化していた。
そして光の根元である魔法陣の紙は灰になって机上に落ちた。どうやら使い捨てらしい。
「これが……魔法ですか」
「ちょっと治りきらなかった。でも治癒魔法陣もこれが最後の一枚だから。ごめん」
「え? そんな貴重なものを私に?」
「? 貴重でもいつかは使う消耗品。なら使うべきときに使うのが普通じゃない?」
躊躇いもなく言ってのける少女が不覚にも格好良く見えた。
自分を疑うことなく行動に移せる心の強さ。人間をよく知らない私でも眩しいと思ってしまう。
「書き写したりはしないのですか? 白紙の紙もあるみたいですけど」
「精霊文字は微精霊に暗号化されてるから、人間には読めないし書き写せない」
「そういうものですか……」
ただの文字に見えるが、彼女と私では言語解読スキルとやらの影響で見え方が違うのかもしれない。
微精霊というものがなんなのか詳しく聞きたいところだが、彼女の言葉がそれを遮った。
「魔法使ったら疲れた……寝る」
「えぇ……というかさっきも寝てましたよね?」
「まだ2時間しか寝てない。じゃおやすみ」
「あっちょっと! 自由な人ですね……」
言葉にしてモノの数秒で寝息が聞こえてきた。
印象が激しく上下するユニークな美少女。その個性の強さも彼女の魅力の一つだろうか?
助けられた手前強く出られず、彼女への質問は断念することにした。
そうして少女が寝入ったを確認し一人になった私は冷静に考えた。
「さてどうしますかね。折角与えられた命、けど生きるすべもないわけですが……」
来たばかりの世界で金も地位も常識もない。
ただ気になるのは、こうして転生したのは何かしらの意味があるのか? 今の私の使命は何なのだろう?
一人になると疑問ばかりが浮かび、それを紛らわそうと部屋を見渡すとある一角で視線を止められた。
「魔法陣、ですか」
先ほども見た紙束。改めて3枚の魔法陣を見比べる。
何故だか非常に興味をそそられる。文字は初めて見るのにどうも既視感を覚える。
「やっぱりこれ……プログラム?」
プログラムと言えば前世の私を構築していたもの、嫌というほど見てきた文の形式だ。
魔法陣の目的はシステムではなく魔法を動作させるためのものだが、文字さえ読めれば精霊文字とやらもプログラム言語となんら変わらないらしい。
「始句から終句の間に条件文を書く一般的なアルゴリズム。属性、形状、密度、範囲、ベクトル、魔力量、それぞれの優先度。結構細かい条件指定ができそうですね。けど文字数制限がかなりシビアか……」
構成を解析、把握する。読めてしまえば描くのもそれほど難しくはなさそうだ。
となれば必然、好奇心は湧いてくるものだ。
私は部屋の机に無造作に置かれている道具に目をつける。
勝手に借りてよいものか一瞬迷ったが、既に自分を律することができる状態になかった。
「紙とペンもある。治癒魔法の記述はうろ覚えだけど属性は確か光だったはず……よし」
悩むくらいなら別のことに集中したい。そんな逃げの思考から席につき紙を広げた。