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14.魔法陣技師の夢②

 エイル・ミズリアは夢を語った。


 細かい部分はほとんど分からなかったけど、世界を変えたいなんて大それた夢を。

 エイルがどんな夢を掲げようと好きにすればいいと思っていた。


「ちょっと感じ悪かったな、私」


 実際に私の口から出たのは彼女の夢を否定する言葉。

 でもあれが私の心からの言葉だったのも確かだ。

 『誰かのため』の夢じゃ自分は幸せになれない。

 自分の利が明確に見えていないと、いつかその目標は「夢」から「義務」になる。

 「やりたいこと」をやっていたはずなのに、いつの間にか「やらなくちゃいけないこと」になって嫌々やるハメになる。

 そんな業を背負って後悔した者がいることを、私は誰より知っている。

 

「ホント綺麗な月……嫌になるくらいに」


 嫌な思い出を振り払うように夜空を仰ぎ見る。

 けれど気分は晴れず、別の嫌なことを思い出すだけだった。


「……今夜は満月だから、やっぱり来るよね」


 月光の下、私以外に居ないと思っていた空間に別の気配が訪れた。

 それは宙を浮遊する人ならざる者。


「月の光で精霊の力は活性化する。力を得て意思を与えられた微精霊は一つに集結し、そうして形作られた半端精霊(デミスピリット)


 決まった形はなく、生気を感じさせない異形。

 それは目の前の私に見向きもせずにエイルの眠る宿の方を見ている。

 私はそれの進路を妨害するように立ちはだかった。


『ドゥ……ハイ、オム?』

「会話がしたければ人語の勉強してきなよ。話なんかしなくても目的は知ってるけどさ……どうせあなたもエイルを殺しに来たんでしょ?」


 私はその異形の目的を知っている。

 その目的は私が阻止しなくてはならないものだということも知っている。


「でもダメ。エイルはもう私のモノだから……ここは通さない。『ふぇるろーあるめあいーて』――――複合魔法『色織紙・クレナイ』」


 明確な敵意を持って、私は攻撃を開始した。

 






 幸せってなんだろう?


 辞書的な意味で言えば満ち足りている状態。

 何が満ちていればいいの? 欲?

 でも欲って満たされるのか?


 人間の三大欲求は食欲・睡眠欲・性欲。

 睡眠欲は時間経過で再発する。

 食欲も時間経過で空腹になり、美味を感じてもその美味は何度も味わいたくなるし更なる上の美味を求めてしまう。

 性欲は……経験がないから分からないけど、ネットの知識を鵜呑みにするなら経験すればするほど性欲は高まるらしい。


 つまり欲は際限がない。その欲が満たされるなんて、ありえない気がする。

 だとすれば自分を幸せだと断定する者たちは、何を根拠にそう思っているのだろう。

 彼らは本当の意味で幸せになれているのか?


 知りたい、知りたい。

 これもまた知識欲というやつだろうか。

 この欲が満たされれば私は幸せになれるのか?


 ほんと、幸せってなんだろう。







「つっ……かれた……」


 エイル・ミズリアの命を狙う半端精霊の討伐、その戦闘は酷く手間のかかるものになった。

 戦闘をエイルや街の住民に気づかれるわけにもいかないので気遣うことが多すぎた。


「さっさと帰って寝よ……」


 疲弊した状態で宿へと帰宅する。

 いつも通りエイルを起こさないよう寝具に潜り込もうと考えていた。

 しかし部屋に入ると、いつも熟睡しているはずの者が今日だけは違った。


「エイル。起きてたんだ」

「はい」

「……もしかして待ってた?」

「はい。昨晩の答えを出しました」


 昨晩といえば、彼女の夢に関する話だろう。

 その答えというのは新しい夢を見つけたということなのか、それとも……。


「私は……幸せの形が知りたいです」

「……ん?」


 真っすぐ目を向けて答えるエイル。けれどその言葉の真意はさっぱり見えなかった。

 理解できず私が唸ると、彼女は続けた。


「私には人間の幸せが分かりません。今自分が幸せなのかも判断できません」

「そうなの? なんか自分が人間じゃないみたいな言い方」

「あはは……。あながち間違いじゃないかしれませんね。私みたいな人間崩れじゃ」


 自虐的に笑うエイル。その笑顔の先にはきっと私の知らないエイルがいる。

 エイルは隠し事ができないから聞けば教えてくれる。

 でもその顔が痛々しすぎて、聞く気にはなれなかった。


「だから私は他人を幸せにして、それを間近に見ることで人の幸せを学びたい。私の本当の幸せを見つけるため……それこそ私がIT改革目指す理由です」


 締めくくるように言う。その答えは私の求めていたモノとかけ離れていた。

 私にとって夢は幸せになるためのモノで、彼女の語る夢は幸せを見つけるためのモノ。そこには明らかな乖離がある。

 でも、彼女の答えに揺らぎは感じられない。

 その明確な軸さえあれば、きっと彼女が後悔することもないのだろう。


「ふーん。ま、いいんじゃない? 迷いながら進むっていうのも人間らしくてさ」


 エイルの答えに相応しい皮肉たっぷりの返答。

 対してセラは一瞬戸惑ったように見せ、でもすぐに嬉しそうにはにかんだ。


「……ありがとう。セラ」


 今のお礼は私の言葉に気遣いの意図があるとでも思ったのだろうか。

 慰めのつもりはなかったけど、本人がそれで嬉しいなら別に訂正する必要もないか。

 あとはエイルが目標を示したように、私のこれからも表明すべきか。


「私は手伝わないよ。面倒なことは嫌いだし、今まで通りエイルに紙を売りつけるだけ」

「はい。セラはセラのしたいようにすればいいと思います。これは私の夢なので」


 端から見ればドライな関係に思われるのかもしれない。

 しかし干渉しすぎないこともお互いの精神負担を減らす方法の一つだと思う。

 ただまあ……エイルに気を遣わせたいわけでもないし、このくらいは言っておこう。


「でも、横から見てる分には面白そうだから。しばらく傍にいるね」

「! はい。今後ともよろしくお願いします!」


 その綻んだ表情を見て、ふと思う。

 彼女とは長い付き合いになりそうだ、と


お読みいただきありがとうございます!

第一章第一部完、です。

第一章完結まで残り21話、引き続きお楽しみいただけると嬉しいです!

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