13.魔法陣技師の夢①
夢を見た。
私がまだ感情を持たないAIだった頃の夢。
私の製作者、永留美亜が語った将来の夢の話を思い出した。
彼女が私を作ったのは自身の孤独を埋めるため。
彼女が企業を起こしたのは世界に散在する孤独を埋めるため。
人間が孤独に負ける弱い生き物だと身を持って知っているからこそ、彼女はその夢を掲げた。
そんな夢を叶えるため、孤独を埋めるための会社で真逆のことが起きた。
精神的に追い詰められて自害した社員がいた。
そうなるまでに追い詰めた管理職の社員がいた。
そして責任を取らされた彼女もまた、孤独を押しつけられ自死を選んだ。
辛苦から逃げようと死を選ぶのは人間の弱さ、自らの欲望のために他人に辛苦を与えてしまうのもまた人間の弱さ。
人間の弱さを救おうとした結果、永留美亜は人間の弱さに殺された。
そして私は、人間を救う使命を与えられながらも一番身近な人間すら救えなかった。
人間になった今だから思える。私の使命は非常に難しいものだった。
そんな私が異世界に来て、私に新たな価値観を与える出会いが二つあった。
一つは魔法陣。魔法陣を描く能力のおかげで技術者という道が拓けた。
技術者と言えば酷使される存在というイメージはあるけれど、それでも永留美亜は経営者として失敗しただけで技術者としては成功している。
私は人を救えなかったけど、私の量産品はきっと多くの人を救っている。
そんな永留美亜という技術者に私は憧れた。
そしてもう一つの出会い、それはセラだ。
自由気ままに、欲望のままに生きても他人を貶めることはない。
それどころか彼女は私を何度も助けてくれている。
その姿から人間の弱さは感じられない。
彼女には孤独すら謳歌する強さがあるのだろう。
そんなセラの人間性に私は憧れた。
今の私はまだまだ半人前の技術者。
そんな私がセラみたいに生きようと思ったら、方法は一つしか思いつかなかった。
それは……。
◇
「むぅ……徹夜明けで夕方まで寝ていたので眠気が来ませんね……」
魔道具専門店への納品完了後、倒れるように眠った。
昼に寝て夜に眠れない、これではセラの夜型スタイルに文句も言えない。
「仕方ない。夜風にでも当たりに行きますか」
外を歩く気分にもなれず、なんとなく好奇心が湧いて屋根の上に登ってみた。
何をするでもなくただボーっと空を眺める。
何も考えず、ただ時が過ぎていくのを感じていた。
すると下側から私に向けた声が聞こえてきた。
「エイル?」
「あ、セラ。本当に夜は寝ないんですね」
屋根に上って私の隣に座るセラ。
わざわざ私を探してここまで来てくれたのだろうか?
「なにしてるの?」
「夜空を見てました」
「ふーん。たしかに今日の月は綺麗」
「んぐっ……!」
「? どしたの?」
「な、何でもないです……」
一瞬ドキッとしたがすぐに自分で否定する。
「月が綺麗」なんて前世じゃ告白の常套句みたいになっていたが、こちらの世界に文学表現が浸透しているとは思えない。
だからセラも深い意味もなく感想を述べただけのはずだ。告白だとしたらそれはそれで反応に困るけれど……。
私は誤魔化すように話す。
「でも私、そんなロマンチックなこと考えてませんよ」
実際にセラが来るまで私が考えていたのは文学表現とは正反対に位置するモノ、つまり理系的思考そのものだった。
「こうして星が見えるということは宇宙があって、太陽のような恒星があって、この大地も球形の星なんだなーって。そんなことばかり考えてしまうんですよ」
「えっと……?」
セラは疑問符を浮かべて戸惑っている。
それは言葉の意味が理解できなかったのか、私の意図が理解できなかったのか、判断付かなかったけれど私は話を続けた。
「あはは、回りくどかったですね。要は私の元いた世界と大して変わらないんだってことです。違いで言うなら魔法の有無くらいで」
「……魔法のない世界なんて想像できない。不便そう」
確かに魔法は便利だ。道具もなく自力で火や水を出せるのだから。
でも不便というなら私もこの世界に対して感じていることだ。
「そうでもありませんよ。魔法がない代わりに科学が発展してましたから。……だからこそ、逆にこの世界でも同じことができるんじゃないかって思いました」
ここからの話はたぶんセラは半分くらい理解できないものになる。
けれど私が知って欲しいから全て余さず伝えることに決めた。
これから先長い付き合いになるであろうセラに、私の新たな人生の目標を。
「決めましたよ。私はIT改革を目指します」
ずっと考えていた私のやりたいこと。
魔法陣なんて自由で便利なツールを持っていてもそれを活かせないんじゃ宝の持ち腐れ。
何か有意義な使い道はないかと探して、そして辿り着いた答えがそれだった。
「あいてぃー?」
「IT改革、もっと言うならIoTですかね。インターネットオブシングス、意味は身の回りのモノとインターネットを繋ぐ。と言ってもこの世界にはインターネットどころかデジタルの欠片もないのが現状です」
前世こそIT技術から生まれた私だが、この世界にはIT技術を活かす土台がない。
だからこんな知識あっても無駄だと思っていたが、代わりになるものを見つけてしまった。
「でも、情報技術はデジタルじゃなくとも実現できます。この世界には魔法があるから……IoTならぬMoT、身の回りのものと魔法を繋いで世界を豊かにするんです」
きっと情報技術の全てを魔法で実現できるわけではない。
でも逆に、前の世界で実現できなかった絵空事もこの世界でなら実現できるかもしれない。
そう考えた私は、私の使命がそこにあるように思えた。
「技術者として……魔法陣技師として世界を変える。それが今の私の夢で、私のすべきことです」
私の全てを言葉にした。
セラには理解が追い付いていないかもしれない。
それでもセラなら同意してくれると思った。
がんばれって、言ってくれると思っていた。
「よく分かんないけど……本当にそれはエイルのやりたいこと?」
現実は違った。セラは私に否定にも似た質問を投げかけてきた。
「えっと、そう……ですけど」
「でもさ、エイルの言う「すべきこと」って能力さえあれば誰でもできることでしょ? エイルの「やりたいこと」はエイルにしかできないよ?」
そこまで聞いてやっと分かった。
セラは理解できなかったのだ。IT関係の言葉だけでなく、私の考え方自体が。
私は使命を持って生まれたAIだから、人間になった今も誰かの役に立つための使命を探してしまっていた。
けれどそれは、セラからすれば人間らしくない考えに過ぎない。
「使命じゃなくて、エイルが幸せになるための夢はないの?」
目に見えない誰かのために人生を賭ける、それで幸せになれるビジョンがセラには見えないんだ。
「でも私は……みんなを幸せにできればそれで十分……」
「エイル、嘘はダメだよ」
「っ……」
嘘はダメ、それは私達二人の間で結ばれた契約だ。嘘をついて本心を隠せば私は魔力を失うことになる。
でも嘘のつもりもなかった。ただ私には幸せが分からない。
この世界に来てまだ日が浅いから……今まで感じたどれが幸せなのか、私は幸せを感じたことがあるのか、判別方法すら分からない。
きっと人間として長く生きているセラの考えの方が正しい。私の思考は既に毒されているのだろう。
「幸せって……なんなんでしょうね」
あれだけ考えて自信満々に発表した答えが今では不安に思えてしまう。
碌に反論もできず暗い顔を見せていると、セラは私に優しい声音を聞かせた。
「一晩寝て考えてみたら?」
「……そうですね。セラはどうしますか?」
「私はどうせまだ寝ないから、もちょっとここにいる」
「分かりました。では……おやすみなさい」
心の靄は晴れないまま、私はセラを置いて部屋に戻った。




