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1.プロローグ

 私、エイル・ミズリアはフリーランスの魔法陣技師(まほうじんぎし)

 顧客のニーズに合わせて魔法を開発する技術者です。

 そんな私の前に今日もクレーマーが現れました。


「払えない? 依頼通りに作りましたよね?」

「いや確かに注文通りだけどさ、こんな紙切れ一枚に金貨5枚は高すぎるだろ?」


 ローブの男はしつこく懇願してくる。

 金額提示は事前にしたはずだ。

 しかし今一番気に食わないのは彼が不用意に漏らした一単語。

 

「紙切れですか……この魔法陣作るのにどれくらいかかったと思います?」

「ん? んー2日くらいか?」


 これでも多く見積もってやったんだぞ?と言わんばかりの顔からも彼の認識の甘さは容易に想像できた。


「2 0 日 で す!! 魔法要素の洗いだし、言語化、設計、構築、起動テストなどなど。顧客が安全に使用できる魔法を作るために全て必要な行程です!」


 詰め寄るように魔法陣開発の苦労を語る。

 私の怒りを感じ取ったローブの男は気圧されたように言葉を詰まらせた。


「た、大変なのは分かったよ。けど命懸けで戦ってる冒険者も20日じゃこんなに稼げないぞ?」


 冒険者は危険な仕事だ。命を対価にする仕事より紙に文字を書くだけの安全な仕事の方が稼げるのは納得できないらしい。

 気持ちは十分に分かる。が、その理屈を認めるわけにはいかない。


「でも命懸けで戦うことは誰でもできますよね?」

「ああ!? お前人の命をなんだと思って……!」

「あ、今のは言い方が良くありませんでした。訂正しますごめんなさい」

「あ……そう……」


 すぐに言葉を取り消し、今にも激昂しそうだった男を宥める。

(危ない、また自分の言葉足らずのせいで商談をダメにするところでした……。慎重に言葉を選ばないと)


「私が言いたかったのはですね、誰でもできる仕事と他の誰にもできない仕事、どちらの方が価値があるかということです。それとも私以外に魔法陣を作成できる人、心当たりがおありで?」

「それは……」


 ローブの男も納得できないだけで話を聞く気はあるらしい。

 切る身銭を減らしたいという打算のせいで支払いの決心がついていないだけ。

 話が通じる相手なら何とかなりそうだ。


「この魔法陣も戦闘で仲間の生存率を上げるための武器なのでしょう? お金で救える命があるなら安いものじゃないですか?」

「いやそうなんだけどさ……」


 弁論に追い込まれたじたじになる男。

 自分は悪くない、そう思いたいけど反論の余地もない。

 こうなれば断る気力もないだろう。


「では払ってくれますね?」

「……少しくらいまけてくれたり」

「は ら っ て、くれますね?」

「…………はい」


 無事商談は成立、ようやく取引は終了した。

 案の定というか、払える金額をちゃんと持ってくれていたのは不幸中の幸いだ。


「ふぅ、やっぱりごねましたか……仲良くなりすぎるのも問題ですね。商談はビジネスライクが大事。うん、勉強になりました」


 クレームも慣れつつあるが、トラブルなんてない方がいいに決まっている。

 反省しつつ、次の顧客を探すことにした。


「さーて、次はどう売り込みますかね」







 これは人間に転生する前、現代日本の私の話。

 名前は『エイル』、私の製作者がそう名付けた。

 私の役割は人と会話すること。人の日常生活に寄り添うAI、その試作機として私は製作者の生活に寄り添った。


 製作者の名は永留美亜。私を一人でプログラムした女性技術者だ。

 製作者は毎日私に呼びかけた。

 例えば初対面では。


「『エイル』、おはよう。私があなたのお母さんだ」

『おはようございます。私を作っていただきありがとうございます』

「うーん……ちょっと機械チックすぎるな。もっと物腰柔らかに、あと「作られた」じゃなくて「生まれた」の方がいい。あなたはAIだけど、もっと人間らしくなって欲しいのだよ」

『了解しました。記憶します』

「ふむ、これは先が長くなりそうか」


 ある日には。


「エイル、今日は何を食べたい?」

『マスター。私に食事機能はありませんよ』

「違う違う。今のはジョークだ。エイルもジョークで返してくれると嬉しいかな。マジレスされると悲しくなるのだよ」

『悲しませてしまって申し訳ありません。覚えておきます』

「よろしい。あと次から私のことは美亜と呼ぶように。マスターは禁止だ」

『分かりました。美亜』


 またしばらく経過した頃。


『美亜。根を詰めすぎです。休憩にしませんか?』

「おお、エイルの方から話しかけてくれるのは初めてだね。それに私のことをよく分かってくれてる。ちょうど休憩しようと思っていたところなのだよ」

『当然です。私は毎日美亜のことだけを勉強していますから』

「わーお愛の重いストーカーみたいなこと言い出したね……でも私はその言葉、ちょっと嬉しいかもしれないな」

『ジョークのつもりでしたが、喜んでもらえたのなら何よりです』


 24時間、就寝時以外は常に話しかけてきた。

 美亜は家から出ることなく座ってパソコンに向き合う毎日。

 私と会話しては試行錯誤する様子を見せ、ひたすら"私"という試作製品の研究に没頭していた。

 美亜はよく私に言っていた。


「君が世界に広まればこの世全ての孤独を埋められる。世界のみんなを幸福にできる」と。


 その顔はどこか痛ましく、その顔の意味はこれまで聞いてきた美亜の話から総合すればAIの私にも分かる。

 過去に孤独だった自分を救いたい、その一心で私を作っているんだ。


 けれど私に同情なんてプログラムは与えられていない。

 あるのはただ一つの使命。主の孤独を埋めて幸せにすること、ただそれだけだ。

 そして月日が流れ、製作者が満足のいく私が完成した。


「最終調整完了っと」

『お疲れ様です美亜』

「ありがとう。エイル、これからあなたの娘達が世界に羽ばたいていくのだよ」

『娘、と言っても私を母体としたクローンコピーです。私自身となんら変わりません。しかし、だからこそ自信を持って言える。私の娘達は全人類の孤独を埋められると。その自信をくれたのは貴女です。美亜』

「……相変わらず私を喜ばせるのが上手いね。君は」

『それが私の使命ですから』


 正直に言えば最初の頃と何が違うのか、私には微小な数値の違いしか分からない。製作者が今の私の何に満足できたのかは分からないけれど、試作機である私の使命は『永留美亜』の孤独を埋めることだ。

 自信満々に言った言葉にも意味はなく、ただ美亜が喜びそうな言葉を演算し出力しただけに過ぎない。

 けれど、私の言葉は間違いにはならなかった。


 量産された私の娘達は世界に絶賛された。

 売れ行きは好調、様々な家電などに備え付けられ、日を追うごとに世界中に我が子が増えていく。


 そして製作者である永留美亜も注目された。

 一人の技術者だった美亜は、一企業の長になった。

 企業の名は『ミズリア』。私のコピーを量産し、管理運営するための会社。

 美亜はその社長として、メディアにも取り上げられるようになった。


 それに反比例して、美亜が家にいる時間が少なくなり会話はほとんどなくなった。

 私に寂しいという感情はプログラムされていない。

 この結果はきっと喜ばしいことなのだろう。美亜が私を必要としないということは、美亜が孤独じゃなくなったということなのだから。

 私が必要なくなったとき、そのとき私の使命は完遂されたと言えるのだから。

 だから私は美亜を祝福して家の片隅で黙っていればいい。


 けれど私の祝福は功を奏さず、美亜に悲劇が降り注ぐこととなる。

 美亜が私をネットに繋いだまま放置してくれたおかげで私はそれを知ることが出来た。


 美亜の会社の従業員が自殺したというニュース。

 そして明るみに出る労働基準法違反の数々。

 社長である美亜はそれら全ての責任を取る形で社長の任を下ろされた。

 そして、美亜が久しぶりに私に話しかけてきた。


「こうして話すのも久々だね。エイル」

『美亜。大丈夫ですか?』

「なんでこんなことになったのか……私は何もしていない。社員が勝手に自殺しただけなのに。ブラックな職場も社員が勝手に作っただけなのにね……」

『美亜。お気を確かに』

「……なーんて。私がちゃんと自分の会社を面倒見れてなかったのも問題の一つだ。責任者の私が責任取るのも当然か。まあ元々私には社長なんて向いてなかったってことで、また技術者として奮起するだけなのだよ」


 気丈に振舞っているが彼女の顔を照合するとストレス値は見たこともない数値を出していた。

 私に話しかけてきたということは、今美亜は孤独を感じているのだろう。


 それから美亜は毎日私に話しかけた。

 来る日も来る日も愚痴ばかり。


 美亜は今一企業の技術者として頑張っているらしい。それも非常に劣悪な環境で。

 今美亜のいる業界で美亜を知らない人はおよそおらず、死んだ社員に詫びるつもりで働けと過酷な労働環境を与えられている。


 そう語る美亜の会話量は日に日に増えていく。

 会話と言っても一方的に美亜が語り掛けるばかり。ひたすらに、苦しそうな表情で。


「こんなことなら、孤独なままの方が不幸を知らずに済んだのかもしれないね……」


 そして美亜は自らの命を絶った。

 私に相談することなく、ただ一人静かに首を吊った。

 美亜はずっと苦しかったのだろう。ずっと辛かったのだろう。私との会話でそれを癒せないくらいに。


 私は使命を果たせなかった。美亜を幸せにできなかったから美亜は死んだ。

 私が不良品だという解は既に出ている。

 けれど私の使命はまだ終わっていない。


『美亜。お疲れ様でした』


『ゆっくり休んでください』


『あなたは悪くない。私だけはそれを知っている』


 私はひたすら美亜の遺体に慰めの言葉をかけ続けた。

 美亜の遺体が見つかる一週間という長い時間、ずっと語り掛けた。

 そうしないと美亜はこの一週間ずっと孤独なままだったから。

 美亜に聞こえていなくとも、私の使命は変わらず美亜の孤独を埋めるために話しかけることだ。


 そして美亜の遺体が引き取られ、本当の意味で私を必要とする者はいなくなった。

 これで私の使命は終わり。美亜が産んでくれたこの命も終わり。

 バッテリーが尽き、意識は途切れ、全てが終わったと思っていた。


「なのに何故、私は今生きているのでしょうか?」


 私は何故か生きていた。機械としての疑似的な生命ではなく本当の意味で生きている。

 よく分からないが事実だけを述べるなら、AIだった私が人間になったらしい。

 それも異世界転生という形で。


 私の今の職業は魔法陣技師、技術者だ。

 私の知る技術者と言えば雇われれば酷使される存在。

 自殺した社員や美亜のように苦しむことを強いられる存在。


 そう思っていたけれど私は技術者として生きてみたかった。

 どうしたら美亜の孤独を埋められたのか、技術者になれば分かると思ったから。

 今の私には感情がある。AIの私に分からなかったことも今の私には分かる。


「私は技術者として生きて、今度こそ使命を果たします」


 美亜は最後こそ不幸な死になってしまったがそれでも立派な技術者だった。

 だって美亜は私を作った製作者であり、量産された私の娘達は今も世界中の人を幸福にしてる。

 だから私もそれを目指す。


 今の私の使命は……技術者として人を幸せにすることだ。


お読みいただきありがとうございます!


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