第2話(幽霊マンション)-3
「準備できたか」
花子さんが玄関で太郎を急かした。
「準備できたかっておまえ, 裸足のままで外行くの?」
そういえば,花子さんは廃校のトイレで出会ったときから裸足だった。
「おまえ,きったねぇな」
「…るせぇ,トイレに縛られている間に靴が小さくなっちまったから棄てた」
「ふ〜ん…, 仕方ねぇな。姉ちゃんのやつ貸してやるよ。」
太郎が下駄箱を探る。
太郎の姉は既に独立しており実家を離れている。
姉の靴が何足か残っているかもしれない。
「お!その赤いやつがいい」
花子さんが下駄箱を覗き込んで言った。
「これ, ハイヒールだぞ…」
「これにする, ピッタリだ!」
上下ともに赤いコーデに加え, 靴まで赤いハイヒールだとさすがに目立つ。
「やめとけよ,目立つぞ」
「どうだ?"お姉さん"みたいだろ」
花子さんは少女のような目をしてはしゃいでいる。
「…もしかしておまえハイヒール履くのはじめて?好きにしろよ」
太郎が玄関の扉を開けようとしたときー
「あ!2階に”エクスカリバー"忘れた」
そう言って花子さんが一瞬消え, 次の瞬間同じ位置に現れた。
その手には"エクスカリバー"が握られている。
「それさぁ, ただの金属バットだろ」
「ただの金属バットじゃねぇ!よく見てみろ」
花子さんが太郎の顔の前に"エクスカリバー"を差し出す。
金属バットには太い油性マジックで『えくすかりばー』とひらがなで書かれていた。
その横には『南無阿弥陀仏』と書かれている。
「…自分で書いたの?これ」
「なわけねぇだろ!肝試しに来たヤンキーが,これ持って殴り込んできて…その時の戦利品」
(あぁ, そういうことね)
花子さんが廃校で飲んでいた缶チューハイも"戦利品"のひとつなのだろう。
「さすがにバットむき出しで電車に乗るわけにいかねぇし,これに入れてってやるよ」
そう言うと花子さんのエクスカリバーを太郎のバットケースにしまった。
「気が利くな。で, 幽霊マンションにはどうやって行くんだ?」
「隣町だから電車で2駅,そこから徒歩15分…家から40分くらいか」
太郎がスマホのナビ画面を眺めながら答える。
「よし, さっさと行くぞ」
「定期券の範囲内だし, 俺の身体におまえが入れば電車賃1人分浮くぞ」
「いや,久しぶりの外だし,自分の足で歩く」
「…それもそうだな」
太郎が玄関の扉を開けると,真夏の日差しが照りつける。
「13年も経つと町並みも,走ってる車も全然違うな」
「おまえ,13年間もあのトイレにいたのか」
13年間,あのせまいトイレに閉じ込められていたなんて,太郎には信じられなかった。
「…すまんがちょっと肩貸してくれ」
「言わんこっちゃない。ヒールなんか履くから。」
花子さんは慣れないヒールで足元がおぼつかない。
仕方なく太郎は花子さんに肩を貸す。
太郎よりも身長がある分,花子さんの体重が重く右肩にのしかかる。
「30分もしたら慣れるから…」
「なんか,オバケって夜だけのものだと思ってた」
白昼に,足元がおぼつかないオバケを介抱しているなんてシュールな状況だ。
「そんなことないぞ,昼間だって普通にいる。アレ見てみろよ。」
そういって花子さんは交差点を指さす。
「うわ…」
交差点の向こう側に,俯いて立っているサラリーマンがいた。
下半身にかけて透けていて,足はほとんど風景と同化していた。
「俺, 霊感なんてなくて…,一度もオバケ見た事なかったんだけど」
「私が憑依して,"あちら側"のチャンネルも見ることができるようになったな」
花子さん曰く,霊感とはTVのチャンネルみたいなものらしい。
人間は本来,生まれたときから霊感が備わっているが,
基本的にチャンネルが"この世”に設定されているため,オバケ (幽霊) を見ることができない。
事故などで生死をさまよったり,霊に取り憑かれることでチャンネルが切り替わるそうだ。
中には最初からチャンネルが切り替わっている人もいるそうだがー。
「よかったな!"衛生放送"も見られるようになって!」
「よくねぇよ!!もしかして,おまえの姿もみんなには見えてないんじゃ…」
「私クラスの"大物"は普通に見えてるぞ。昨日の蜘蛛野郎もな。」
存在が強い霊体ほど,生きている人間と同様に見ることができるらしい。
「あのサラリーマンは何もしてこないよな…」
駅に行くには,この信号を渡らなければいけない。
向こう側で信号待ちをしている人は,サラリーマンのことが見えないらしく,
その隣で呑気にあくびをしている。
「あいつはもう消えかかっているから,何もできねぇよ」
「え?消えかかってるって…」
「幽霊にも寿命があんだよ,普通だと死んでから49日だな。恐竜の幽霊がいない理由がそれだ。」
「じゃぁ, おまえは何者だよ」
花子さんはオバケになってから13年も経っている。
「私は"イレギュラー"だ。昨日の蜘蛛野郎と同じ…。」
死んだものは,49日を境に"レギュラー"と”イレギュラー"の2つに大別される。
"レギュラー"とは亡くなって49日以内に成仏するか,
あのサラリーマンのように徐々に存在が薄くなって自然消滅する者をいう。
”イレギュラー”とは49日を過ぎてもこの世に存在し続ける者をいう。
「肉体を離れた魂にとってこの世に留まることは,宇宙服なしで月面散歩するようなもんだ」
死んだら痛みを感じない
ーだから幽霊は, 徐々に自分の魂が摩耗して消えていくことに気がつかないらしい。
「『オバケは死なない♪』んじゃないのかよ」
「おまえ,アニメの見過ぎだろ。ちなみにイレギュラーにも種類があってなー」
49日過ぎても消滅しない理由に応じて, イレギュラーには以下の3種類が存在するらしい。
1. 土地に縛られる (自縛霊)
2. ヒト, 物 (人形, 車など) に取り憑く (憑依霊)
3. その他 (他の魂を取り込んで寿命を伸ばす,もともと魂が頑丈 etc.)
「じゃぁ, 花子さんは地縛霊から憑依霊になってこの世に存在してるってことか」
「そういうこと。昨日の蜘蛛野郎は他の魂を取り込んで寿命を伸ばしてたってことだ。」
今度のターゲットも3種類のうちのどれかだろう。
花子さん曰く, マンションが建っている土地に取り憑く"地縛霊"ではないかとのこと。
「掛け軸なんかの幽霊の絵に足がないのは, 消えかかってる奴を描いたんだろ」
「なるほどね」
そうこうしているうちに最寄りの駅に着いた。
花子さん用に切符を1枚購入して電車に乗り込む。
「一般人にも見えるんなら,おとなしくしてろよ」
「これまで普通に振る舞ってるだろ。現に誰も私がオバケだとは気がついていない。」
全身真っ赤なコーデの長身の女性が高校生に肩を借りている時点で普通ではないが…。
「すげぇな,電車の中でTVが観られる時代なんだな!」
花子さんが興奮ぎみにドア上の液晶ディスプレイを指さす。
「ああ, 車内案内表示のこと?最近の電車には当たり前のようにあるよ」
電車に乗るのも久しぶりなのだろう。
子供のようにはしゃいでいる。
「あんまり騒ぐなよ…, みんな見てるぞ」
車内の視線を集めはじめたタイミングで目的の駅に着いた。
ここからは徒歩だ。
「着いたらどうするんだ。廃校と違って今度は現役の建物だぞ。」
「とりあえず,どんな奴がいるか見てみないと…。今日は現場視察だな。」
件のマンションは駅から歩いて15分程の閑静な住宅街にあった。
鉄筋10階建てで,マンションの敷地内には公園も併設されている。
朝の情報番組では画面にモザイクがかけられていたためよくわからなかったが,
建物自体は築十数年と真新しく, 比較的綺麗な外観であった。
とてもオバケが出るような建物には見えない。
「とりあえず正面玄関にまわってみるか」
太郎が呟く。
マンション敷地内部へと続く私道の先には住民のための駐車場と正面玄関がある。
2人は私道を進もうとしていた
ーそのとき, 後ろから派手にクラクションを鳴らされた。
(続く)