第6話 (血塗られた貴婦人)-6
屋敷の内部は静まり返っていた。
相変わらず古い家の匂いがする。
「線香の匂いはしないな」
懐中電灯を用意しながら橘が言った。
「それは2階に上がってからですよ」
太郎が答えた。
一同は迷わず奥の階段を目指す。
階段の始まりから上階に向けて橘が懐中電灯を照らした。
埃っぽい空間にサッと明かりが差す。
「…行くか」
橘がゆっくりと階段を登り始めた。
2階に近づくにつれてほんのりとお線香の匂いが漂ってくる。
「これか。確かに線香の匂いだ。」
「気をつけてください。部屋は2階の一番奥の突き当たりです。」
太郎が言葉でのみ先導する。
「油断すんなよ。いつ襲いかかってくるかわかんないぞ。」
太郎の背後で花子さんが"エクスカリバー"を身構える。
一同は例の部屋の前に着いた。
昨日とは違い,扉がしっかりと閉まっている。
空気が重い。
「開けるぞ。確認だが,何かあったら頼むぞ。」
橘が扉のノブに手をかけた。
ギィという音と共に扉の向こう側が徐々に見えてくる。
太郎と花子は思わず身構えた。
「すごい匂いだな。まるで誰かが今,線香を焚いているようだ。」
内部を照らしながら橘が部屋に入る。
そこに血塗られた貴婦人の姿はない。
「…何もないし,何もいないな。ほんとに君たちはここで彼女を見たのか?」
橘が入り口付近の太郎達の方を振り返った
─途端に扉が勢いよく閉まった。
「やられた」
太郎と花子さんが部屋に入る寸前で扉が閉まったため,
橘が一人取り残された。
「橘さ─」
太郎が叫ぼうとした刹那,後ろから誰かに羽交い締めにされた。
「気をつけてくださいよぉ。ここはカップルの変死体が見つかっているんですから。」
昨日と同じ台詞を山本が太郎の耳元で呟く。
それはまるで録音テープのように何度も繰り返された。
「ッ!?離せ…,野郎!!」
必死にもがくが振り解けない。
太郎が花子さんの方を見ると,花子さんも同様に佐藤に羽交い締めにされている。
太郎は渾身の力で後ろに後退し,廊下の壁に山本を叩きつけた。
「あへぇ」
情けない声を出して山本が消えた。
勢い余って太郎自身も背中を強打した。
「痛ってぇ…」
休んでいる暇はない。
すぐに太郎は花子さんにへばり付いている佐藤を引き剥がしにかかる。
「ッ…,この!!」
今度は太郎が佐藤を羽交い締めにした。
「今だ!!早く!!」
佐藤から解放された花子さんは,佐藤の頭目掛けて"エクスカリバー"を振り下ろす。
『グニ』
まるでゴムタイヤを殴っているかの様な感触が腕に伝わる
─その瞬間,佐藤も消えた。
「やったか…」
息を切らしながら花子さんが言った。
「わからん。それより橘さんが…!」
太郎はすぐに部屋の扉を開けた。
2人はスマホの明かりを頼りに部屋の内部へと進む。
「どこ行ったんだ…」
花子さんが呟く。
そこは10畳程の窓のない部屋で,家具もなかった。
お線香の匂いはもうしない。
「消えちまった…」
「まずいぞ!このままだと橘さんも殺られちまうぞ!」
部屋の隅々まで必死に探すが,そこには何もない空間が広がっているばかりだった。
「2階には隠し部屋がある…」
ふと花子さんが呟いた。
昨夜,佐藤がそんなことを言っていた。
「まてよ…」
太郎が人差し指を舐めて立てる。
「…下からだ!」
太郎が部屋の角の床を差した。
スマホのライトで照らすと,その部分だけ床板に不自然な正方形の節目が入っていた。
「でかしたな」
「昔,サスペンスドラマか何かで見たんだ」
花子さんが床板の隙間に爪を立てる。
それほど力を入れなくても床板が外れた。
途端にお線香の匂いが漂ってきた。
「間違いないな」
花子さんが呟く。
丁度,人が一人分入れる程の空間がそこにあった。
「ハシゴだな」
太郎がスマホの明かりで空間を照らすと,鉄製のハシゴが下へと続いていた。
「お前先行けよ,レディファーストだろ」
「ッざけんな!こんな時だけレディ扱いすんな!」
「じゃ,公平にじゃんけ─」
太郎が言いかけたとき,下から橘の悲鳴が聞こえた。
「ぐずぐずしてらんねぇぞ!」
「くそ!仕方ねぇな!」
太郎は意を決してハシゴに足をかけた。
(続く)




