第6話 (血塗られた貴婦人)-5
山本と佐藤は亡くなっていた
─花子さん達が彼らに出会う何年も前に。
「昨日,確かに彼らを見たのか?」
橘が当時の新聞の切り抜きを太郎と花子さんに見せながらそう言った。
喫茶店のテーブルに置かれた記事を見て,太郎と花子さんは無言のままだった。
『廃墟で変死体発見』
記事の見出しにはこう書かれていた。
その下に犠牲者2名の顔写真が載っていた。
「間違いないです…。昨日確かに,この2人と話しました。」
太郎の声は震えていた。
「…てことは,君たちは"幽霊"を見たということになるな」
橘がアイスコーヒーを一口飲んだ。
「幽霊って…,あいつらは確かに後ろから付いてきただろ」
花子さんが口を開いた。
「で,振り向いたらいなくなっていたんだろ?」
橘がすかさず応えた。
「あいつらが持ってた機材,確かに今は見ないタイプのカメラだった」
太郎が昨日のことを思い出しながら言った。
彼らが持っていたカメラは最新ではなく,現代のものよりも一回り以上大きかった。
「君たちはいつも変な事件を引き寄せるな」
橘が顎に手を当てながら言った。
「今回は僕も同行させてくれないか?どうせまた行くんだろ?」
「えぇ…。いいですけど。」
正直,太郎は二度とあの屋敷に行きたくなかった。
過去の事件の記事を見せられたから尚更だ。
「丁度,あの屋敷の記事を書こうと思っていてね。」
橘があの幽霊屋敷について調べていたところに太郎が連絡したという訳だ。
「それじゃ,夕方18時に最寄り駅で集合しようか」
橘は屋敷訪問の段取りをさっさと決めて先に喫茶店を出ていった。
「信じられるか?あの2人が幽霊だっただなんて…。」
氷が完全に溶けてしまったアイスコーヒーを飲みながら太郎が言った。
「そういえば,私らを2階に誘導したのはあの2人だったな。」
花子さんはパフェを口に運びながら言った。
「嫌なこと言うな…。てことは,あいつらは俺らのことを道連れにしようとしてたのか。」
「今となってはそうとしか思えんだろ」
花子さんは特大パフェの残りを頬張りながら言った。
最寄り駅に着くと,橘が改札口で2人を待っていた。
「お姉さんは,護身用に金属バット持ってきたのか」
橘が"エクスカリバー"を指して言った。
「えぇ,まぁ」
花子さんが咄嗟に作り笑いをした。
その笑顔はいささか引きつっていた。
「場所は君たちの方が詳しいだろうから,道案内よろしく」
そう言うと,橘は2人の後ろから付いてきた。
「橘さんは,あの屋敷について他に知っていることはあるんですか?」
「それについて,道中2人に共有しようと思っていたところだよ」
「血塗られた貴婦人の正体について何か掴んだんだな」
花子さんが会話に割って入ってきた。
「まずはそこからだな。恐らく,例の貴婦人は大川美船と言う女性だろう」
「その人とあの屋敷はどういった関係が?」
「順を追って説明するから,焦らず聞いてくれ。あの屋敷は昭和の初めに建てられたらしい─」
橘が続けた。
件の幽霊屋敷は,貿易業で成功した大川貞治という資産家が建てたもので,
美船は貞治の娘にあたる。
「美船の母は,外国の人だった」
「てことは,"ハーフ"だったのか」
花子さんが呟いた。
「そう,彼女は当時珍しかった外国人とのハーフで,容姿も普通の日本人とは異なっていた」
「髪の色が違っていたとか?」
太郎が質問した。
「惜しいな。瞳の色が左右で異なる"オッドアイ"だったそうだ。」
「たまにTVとかで見かける…」
「現代では広く知られていると思うが,当時の日本では理解できない人の方が多かった」
瞳の色が左右で異なる彼女は周囲の人々から気味悪がられ,迫害されてしまった。
屋敷からほとんど出ることもなく,使用人が彼女の身の回りの世話をしていたそうだ。
「それはひどい…。瞳の色が違うだけで。」
太郎が呟いた。
「当時の日本では外国人ですら珍しかったからね。オッドアイとなると,ますます理解できる人がいなかった。」
彼女が成人する頃,事件が起きた。
屋敷の周囲で人が次々と行方不明になったのだ。
その中には,屋敷の使用人も含まれていた。
「周囲の人の目は自然と彼女に向けられた。"悪魔の子"のせいに違いないと。」
「それも強引な話だな…。」
「実際,警察も捜査したそうだが,彼女と事件との関連は証明できなかった」
「そうなるとただの言いがかりだな」
「確かにそうなるが,周囲の住人は彼女が犯人だと確信していた。」
ここで橘が一呼吸ついた。
「ある日,暴徒化した住人が屋敷に乗り込んで,彼女を殺害してしまった」
「犯人だという証拠もないのに?」
「そう。ただ彼女が殺害された後,行方不明となった人々の遺体が屋敷の地下から発見された。」
「…やっぱり彼女が」
「死人に口無し。彼女が真犯人か否かは分からず終まいだった。結局,警察は屋敷の所有者である貞治を逮捕した。」
「そんなことが過去にあったんですね」
「その後,屋敷は何人かの手に渡ったが不気味な噂が絶えず,途中から廃墟となったようだ」
「それで今に至ると…」
「重要なのは,屋敷の地下から発見された遺体だが─」
橘は花子さんと太郎の顔を交互に見ながら言った。
「全員,目玉がくり抜かれていたそうだ」
そうこうしているうちに屋敷に着いた。
最近,日が短くなったせいか既に日が傾きかけていた。
「ここが,血塗られた貴婦人の屋敷か」
橘が建物を見上げながら呟いた。
「橘さん先頭でお願いします」
太郎の声が既に震えている。
「いいだろう。何かあったら助けてくれよ。」
橘,花子さん,そして太郎と続く。
一同は荒れた庭を通り,玄関に辿り着いた。
「では,貴婦人に会いに行くか」
橘が扉に手をかけた。
(続く)




