第6話 (血塗られた貴婦人)-4
「やけに静かだな…」
太郎が呟いた。
お線香の匂いは相変わらず漂っている。
花子さんを先頭に,一同は匂いの出所と思われる1番奥の部屋を目指す。
心なしか先程よりも一歩が重く感じた。
「扉だ」
花子さんがスマホの明かりを一番奥に照らした。
廊下の左右にいくつか部屋があり,扉が並んでいる。
その突き当たり─1番奥の部屋の扉が少し開いた状態だった。
お線香の匂いは,扉の隙間から漂っているようだ。
「開けるぞ」
花子さんは,半開きの扉を注意深く開いた。
お線香の匂いがさらに強くなる。
「中に何があるんだ?」
太郎が花子さんに質問する。
「っるせえな!急かすならお前が先に行けよ!」
花子さんが太郎を睨む。
「部屋の中は特に─」
花子さんが部屋の中をスマホのライトで注意深く照らしながら言った。
「ちょっと待て…,ありゃ何だ?」
スマホのライトが部屋の一角を照らした。
部屋の中は漆黒で,スマホの明かりで照らされた部分しか見えない。
太郎から見てわずかな視界の中に黒い塊が見えた。
「ひ…」
太郎が声にならない悲鳴を上げた。
一瞬で鳥肌が立った。
最初,黒い塊と思われたものは,こちら側に背を向けた"人型"だった。
その人型がスマホの明かりに気がついたのかこちらを振り向いたようだ。
「やっば…!!」
今度は花子さんが静かに叫んだ。
スマホの明かりに照らされた"人型"は,全身がドス黒い血で染まっていた。
薄暗い部屋では,それがまるで影のように黒い塊に見えたのだ。
花子さんは慌てて扉を閉めると,無言で太郎の横をすり抜けて出口へ走り出した。
「お前がビビっちゃ駄目だろ!」
太郎は花子さんの後を追う。
「今はそれどころじゃねぇ!」
太郎は自分の背後に強い視線を感じながらも,
決して振り返ることはしなかった。
二人は一気に建物の玄関を飛び出し,近くの街頭のあるところまで走り抜いた。
「ハァハァ…,何なんだありゃ」
息を切らせながら花子さんが言う。
「俺の位置からはよく見えなかったけど,人だったのか…?」
「全身血だらけの女に見えたぞ。それに─」
花子さんが一呼吸置いた。
全力で走ったため息がなかなか整わないようだ。
「奴は口をもごもご動かしていた…,大きな飴玉を舐めるように」
「何か口の中に見えたのか?」
「奴がこっちを振り返ったとき,少し笑ったように見えたんだ。その時,口の隙間から─」
「…もったいぶらずに早く言えよ!」
「奴は目玉を舐めてたんだ…。奴の口の中の目玉と目が合っちまった。」
太郎は二度目の鳥肌が立った。
確か,あの幽霊屋敷の被害者は目玉をくり抜かれていたとか…。
「…そういえば,あの二人は?」
花子さんが思い出したかのように言った。
「山本と佐藤がいない…!」
あの2階の部屋を調べるまで,花子さんと太郎の後ろから確かに付いてきていた筈だ。
「…。置いてきちゃったのかな。」
しばらく沈黙が流れる。
「バカ…,だとしても今更戻る訳にもいかねぇだろ。」
花子さんは珍しく弱気だ。
「いいさ,元々アイツらは心霊映像を撮りに来たんだろ。願いが叶って本望だろうよ。」
「無責任だな。貴婦人に殺されていたらどうするんだよ。」
「少なくとも,私が振り返った時点でアイツらはいなかった。どうせ,怖気付いて先に逃げ出したんだろ。」
「…だといいんだけどな。」
「お前一人で屋敷に戻るか?」
「じょ,冗談じゃない!誰が…!」
「だろ?今日は十分な収穫があったから良しとしよう。"噂"は本当だった。」
そう言うと花子さんは最寄り駅に向けて歩き出した。
太郎もそれに続いた。
(続く)
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