第6話 (血塗られた貴婦人)-3
「ッ!?」
太郎は声にならない悲鳴をあげて,慌てて背後を振り返る。
幽霊屋敷でいきなり背後から怒鳴られたら,誰だってそうなる。
「…。お前ら,誰だ?」
太郎は,自分の背後に幽霊が佇んでいる最悪のシナリオを想定していたが,
予想に反して,そこにはTシャツを着た青年が2人,ニタニタと笑っていた。
歳は太郎と同じくらいだろうか。
「あ,驚かしてしまってすみませんでした」
一人が太郎の真剣な表情を見て,慌てて謝罪した。
「僕ら,こういう廃墟で動画を撮影しているものでして─」
もう片方が話す。
なるほど,二人とも動画撮影用のカメラを持っている。
太郎も,インターネットで廃墟などの心霊スポットを撮影した動画が流行っていることは知っていた。
太郎は一度も見たことはないが…。
「何だ,肝試しか?」
背後から花子さんが合流する。
「こっちが山本。自分は佐藤って言います。」
背の高い青年が佐藤,もう一方の眼鏡をかけたチビが山本というらしい。
「君たちも肝試し?」
山本が質問する。
「ま,まぁ。そんなところだ。」
花子さんが答える。
「気をつけてくださいよぉ。ここではカップルの変死体が見つかっているんですから。」
山本が眼鏡に手をかけながらニタニタ笑う。
「ッせぇ!別にカップルとかじゃねぇよ!」
太郎が全面的に否定する。
山本は初対面の相手でも言いたいことははっきりと発言するタイプのようだ。
一方,佐藤の方は控えめで常識があるように見える。
「君たちも"血塗られた貴婦人"の噂を聞いてここに来たんですか?」
佐藤が太郎に聞く。
「そうだな。俺は一方的にコイツが仕入れてきた話を聞かされたんだけども…。」
「おい,いつから私のことを"コイツ"って言える立場になったんだ。」
花子さんがすかさず太郎の頭を叩く。
「じゃぁ,2階がヤバいのもご存知で?」
山本が相変わらずニタニタしながら言った。
「…,2階が何だって?」
どうやら花子さんは噂の詳細については知らないようだ。
「例の貴婦人は,2階のとある部屋に居るそうですよ。」
佐藤が言うには,2階には隠し部屋があって,貴婦人は今もそこに居るそうだ。
その近くを通った者は,貴婦人によって隠し部屋に引き摺り込まれるというのが,噂の全貌らしい。
「そんじゃ1階には何もないんだな。さっさと2階に行くぞ。」
花子さんが2階へと続く階段を探す。
「ちょ,ちょっと待ってください」
花子さんを呼び止めたのは太郎ではなく,佐藤だった。
「何だよ。お前らはゆっくり動画を撮ってろよ。」
「みんなで行った方が怖くないじゃないですか。」
太郎と花子さんが目を合わせる。
「ほら,何か起こった時に人数が多い方が何かと便利でしょ。」
佐藤は慌てて場を繕った。
「別にいいけどよ。モタモタすんなよ。」
先頭に花子さん,次いで太郎,その後ろに佐藤,山本と続く。
階段はすぐに見つかった。
建物から入った真正面の廊下の突き当たりにそれはあった。
階段を見上げると2階部分は薄暗くてよく見えない。
時刻はすっかり日が落ちていた。
「太郎,スマホ貸せ。暗くて何も見えねぇ。」
「ほらよ。落とすんじゃねぇぞ。」
太郎がスマホのライトをONにして花子さんに渡す。
花子さんは右手にスマホ,左手にエクスカリバーを構えて階段を進む。
一段踏みしめる度に『ギシ』と音がする。
「何…,今の音?」
不意に太郎が呟く。
「え?音なんかしたか?」
一同は階段の途中で一旦停止し,耳を済ませた。
『ギシ…,ギシ…,ギシ─』
「これって,足音…?」
確かに,誰かが木造の床を踏みしめる音に聞こえなくもない。
しかもその音は太郎たちの背後の天井から聞こえてくる。
階段は,建物の一番奥から一直線に伸びており,
太郎たちは建物の正面側に向かって進んでいる。
すなわち背後の天井は,建物正面から見て一番奥の2階の床ということになる。
「…。行くのか?」
一番後ろの山本の声が震えている。
「お前らは何を撮影しに来たんだ?行くに決まってるだろ!」
花子さんは足音に構わず突き進む。
仕方なく太郎たちも花子さんに続く。
「おい…。」
2階に上がるといつの間にか足音はしなくなっていた
─が,今度は別のある異変に気がついた。
「この匂いって─」
「お線香の匂いだ」
2階に上がった途端,周囲にお線香の匂いが漂う。
「何で…。仏壇でもあるのか?」
太郎が呟く。
「それも,誰かが今火をつけたっていうくらい強烈だぞ」
花子さんが答える。
何もないはずの廃墟でお線香の匂いがするはずなどない。
「どうやらこの奥から漂ってきている気がする」
花子さんは先程足音がしていた2階の奥へ進もうとした─
(続く)




