第6話 (血塗られた貴婦人)-1
今日もクマゼミが鳴いている。
太郎はクーラーの効いた予備校の教室から外を眺めていた。
最近寝不足気味で,昼間とても眠くなる。
それもこれも,花子さんのオバケスタンプラリーのせいだ。
「夜遅くまでお勉強のようですね。」
突如後ろから話しかけられた。
「だ,大門さん!?」
太郎が通う高校のマドンナだ。
咄嗟のことに声が裏返ってしまった。
「この後,授業とってるの?」
「えーと…,1コマ空いて夕方からかな。」
「私もなんだ。そうだ,外でお茶でもしない?」
太郎にとって願ってもない状況だ。
「すっごく嬉しいけれど…,用事が。」
太郎は生きていてこれほど後悔した瞬間はない。
「それは残念。じゃ,りょうちゃん誘ってみるね。またね。」
そう言って,大門さんは教室を出て行った。
あとに残された太郎は深ーくため息をついた。
それから,予備校近くの喫茶店へと一人で向かった。
彼には重要な約束があったのだ。
「やぁ,お久しぶり」
「橘さん,今日はありがとうございます。」
太郎は幽霊マンションの事件以来,地方紙の記者である橘と連絡を取り合っていたのだ。
「調べておいたよ。例の件。」
そう言って橘は古い新聞の記事のコピーを机に置いた。
「ありがとうございます。」
「今日も暑いね。あ,アイスコーヒー2つね。」
橘が側を通りかかった店員に即座に注文をする。
「君も物好きだよね。結構昔の事件に興味があるなんて。」
「被害に遭われた方の知人から頼まれまして…。」
「今更,『第三小学校で起こった事件を調べろ』と言う知人なんているのかい?」
橘は刑事のような眼差しで太郎を見つめる。
太郎自身,嘘が下手だと痛感しているが,今のはないなと思った。
「ま,恩人の頼みだしあまり詮索しないようにしておくよ。」
太郎の沈黙を見兼ねたのか橘が付け加えた。
「第三小学校,女児暴行事件…。」
太郎が誤魔化すかのように新聞の見出しを口にした。
「今から13年前の夏,第三小学校の旧校舎で,当時小学3年生だった女の子が,男に乱暴された」
橘が事件の概要を話す。
「"旧校舎"って,あの校舎はその当時から使われていなかったんですか?」
「"あの校舎"って,君は行ったことがあるのかい?」
「あ…。えー,まぁ。」
「第三小学校の旧校舎は今では有名な心霊スポットだからね。おそらくこの事件が発端だろう。」
心霊スポットなど曰く付きの場所では,過去に凄惨な事件が起こったケースが多い。
「その…,被害に遭った女の子は死んじゃったんですか?」
「発見された時は意識不明の重体だったそうだ。女の子の叫び声を聞いた近隣住民が警察へ通報。駆けつけた警察官が男を現行犯逮捕したらしい。」
橘が説明を続ける。
「ここからは記事になっていない情報だ。」
流石は記者だ。
ちょうど注文したアイスコーヒーが届いた。
橘は一気にそれを飲み干す。
「それで,これから話す内容は当時の裁判記録だ。」
太郎はアイスコーヒーを一口ごくりと飲み込んだ。
「男は容疑を否認した。現行犯逮捕だから言い逃れはできない状況なのだが…,」
橘が一呼吸おいた。
「男は事件前後の記憶が欠落していた。」
「それってどういう…。」
「旧校舎の前を通りかかったところまでは記憶があるが,次の瞬間には警察官に羽交締めにされていたそうだ。」
「つまり,犯行の記憶が完全にないってことですね。」
「そうだ。側から見れば精神鑑定に持ち越すための常套文句だと思われたが,実際は違ったらしい。」
「じゃ,本当に…。」
「本人に犯罪歴はなし。彼を知る人に聞いても,皆口を揃えてそんなことをするような人間ではないと供述したそうだ。」
「じゃ…,何で。」
「さぁな。"トイレ"の扉には青年の指紋がバッチリ残っていたし,女の子に抵抗されて噛み付かれた傷の歯型は被害者のものと一致した。」
「それは言い逃れできないですね。」
「状況証拠もばっちりで無論有罪となった。皆が"魔が差した"と思っていた。」
「もし,無実だったら気の毒ですね。」
「君は珍しいね。ここまで証拠が揃っていても彼を庇うのかい?」
「いや,本当に記憶がなくて,気づいたらそんな事になっていたのかと考えると…。」
「確かにね。因みに彼は殺人罪ではなく,婦女暴行罪が適応されたらしい。」
「ってことは,被害者の女の子は生きている…?」
「そう。現在も生きているはずだが…。」
橘が語尾を濁す。
何となく,太郎は察しがついている。
「事件後,意識が戻ったと言う情報はない。」
橘曰く,意識不明の状態で搬送された女児は判決が下った時も意識が戻らないままだったそうだ。
「こちらが追えたのは,裁判までだ。それ以降のことはわからない。」
「そうですか…。」
「個人情報になるので,私から聞かなかったことにして欲しいんだが…」
「何ですか?」
「被害者の名前は"四谷花子",彼女が当時入院していた病院は─」
喫茶店を後にした太郎は疲れていた。
13年前の事件について,情報があまりにも多すぎたのだ。
「おい,どうした?浮かない顔して」
突如,予備校に戻ろうと歩いていた太郎の後ろから声がした。
太郎はビクっと肩を震わせた。
振り返ると,花子さんがニタァと笑っていた。
「っせぇな!散歩だよ。」
目の前に13年前の事件の被害者がいる。
慌てて太郎はその場を取り繕った。
今までの行動がバレていないか内心ドキドキだった。
「さてはデートだな?女の匂いがするぞ」
どうやら花子さんは気づいていないようだ。
デートになるはずだったのが一層のこと悔やまれる。
「違ぇよ!お前はどうなんだよ…。」
「この辺にもう幽霊はいねぇな。私が全部狩っちまった。」
「それは残念だったな。」
「それよりさ,いい情報が手に入ったんだよ。」
花子さんは目を輝かせながら話し始めた。
(続く)




