第5話 (永遠の方舟) -終
「見失っちまった…。」
悔しそうな顔をしながら花子さんが太郎の元に戻ってきた。
「あれ…,九堂とマリアは?」
「負傷した九堂をマリアさんがいったん連れて帰るってさ」
「…そうか。それじゃあ,私らも帰るか。」
「あのさ─」
太郎が話しかける。
「何だよ。」
「お前,俺に大事なこと隠してないか?」
「は?この状況で何言ってるんだよ。何もないよ。」
「…。そうだよな。」
四谷花子─
トイレの花子さんの本名。
今から13年前,彼女は廃校舎の3番目のトイレで地縛霊となった,
肉体は生存したまま。
「生きているってどういうことだよ!?あいつは幽霊なんだろ…。」
太郎がマリアに聞く。
「太郎さん,今まで花子ちゃんを見てて気づかなかった?」
幽霊なのに,ビールを飲んだり,パフェを食べること。
そして何より歳相応に成長して外見が変化してること。
マリアに指摘された事全てが,彼女が生きていることを証明している。
『死者は歳をとらない』
そんな当たり前の事に太郎は今ままで気づかなかった─
いや,気づいていた筈なのだが,無意識に気づかないようにしていたのかもしれない。
「仮にアイツが生きていたとして,俺に取り憑いたり,瞬間移動したり,そんなこと普通の人間にはできないだろ!」
「幽体離脱ってご存知かしら?」
マリアが至極冷静な口調で言う。
「寝ている間に魂が抜け出すとかいう─」
「そう。彼女は今,夢を見ているのよ。」
「言ってる意味がわかんねぇよ。」
「彼女は極めて稀なケース。肉体が生き続けているのに,魂だけが抜け出てしまった。」
「だから何でアイツがそんなことになったのかって聞いてるんだよ!」
花子さんといい,マリアも遠回しに発言するため太郎は苛立ちを隠せない。
「詳しくは職務上話せないけれど…」
マリアが口をつぐむ。
「『花子さんは生きています,でも詳しくは話せません』って,そんなら最初から黙っとけよ!」
しばらく沈黙が続く。
「我々からは話すことはできないが,ヒントは出せる」
沈黙を破ったのは九堂だ。
「それ─」
「"第三小学校"で13年前に起きた事件」
太郎の言葉に九堂が重ねた。
「だ…,だいさん?」
「『第三小学校』,彼女が囚われていた学校の正式名称だ」
現在,心霊スポットになっている廃校舎の名前までは知らなかった。
「ほぼ正解を言っているようなものだ。後は自分で調べな。」
そう言うと九堂とマリアは姿を消した。
「何で黙っているんだ?」
太郎の顔を花子さんが覗き込む。
その目は,大人の眼差しをしていた。
「いや…。別に何でもないよ!」
太郎は慌てて視線を逸らした。
「ふーん。考え事しているみたいだったからさ。」
「結局,あの天道って男は何をしたかったんだ?」
咄嗟に太郎は花子さんに話題を振った。
「わかんねぇ。この世に"悪魔人間"を増やしたかったんだろ。ショッ⚫️ーの秘密基地みたいだな。」
「奴はあんだけ強いのにさ,あえて九堂やマリアさんを見逃したように見えたんだよな」
天道は死神を避ける紋章まで用意していたにもかかわらず,大した抵抗もせずにあっさりと姿を消してしまった。
「確かに,腑に落ちないな」
「別の目的があったんじゃ─」
「逃げた奴のことを考えても仕方ないだろ!早いとこ家に帰るぞ。」
そう言うと花子さんは太郎の前を歩き始めた。
(続く)




