第5話 (永遠の方舟)-4
「野蛮ですね」
少年がニタァと笑う。
「ほざけ」
次の瞬間,九堂の姿は少年の真正面にあった。
「早い…!」
"花子さん"は思わず声が出た。
少年が頬を抑える。
その頬からは黒い血が流れていた。
「さすが,死神の鎌ですね」
「お前らを狩るための,唯一無二の武器だからな」
「刃こぼれした鎌で私が狩れるとでも?」
「…。どこでそれを?」
九堂が動揺した。
「さぁ?」
少年は九堂に向けて高速のパンチを繰り出した。
九堂は右手に鎌を持っているため,正面の防御が手薄になった。
何発かはもろに入った。
「ッ…!」
九堂は思わずうずくまった。
その隙を少年は見逃さなかった。
頭部をはじめ,容赦なくパンチとキックの雨を降らせた
─が,九堂は少年がキックを繰り出すと同時にその足を掴んだ。
「な…!?」
予想外の九堂の動きに少年の動きが一瞬止まった。
九堂は少年の足を掴んだまま思い切り壁に叩きつけた。
『グシャッ』
鈍い音を立てて少年が倒れ込んだ。
「お前…,やるじゃん」
普段の九堂からは想像がつかない動きを目の当たりにして"花子さん"が言った。
「私は魂の"特殊回収班"ですよ…」
九堂は口元を拭いながら言った。
「弱い筈ないじゃないですか」
「お…,おう」
「いいですか,特殊回収班の仕事は幽霊の魂の回収以外に重要な任務があります」
九堂が"鎌"を構えながら言った。
「悪魔の消去です」
起きあがろうとする少年の心臓目掛けて"鎌"を突き立てる
─が,その刃先が心臓に達することはなかった。
寸前で少年が素手で刃を受け止めたのだ。
「まだそんな力が…!?」
「油断したね,お兄ちゃん」
少年が最も簡単に"鎌"を九堂から奪い取る。
そして逆に九堂の腹にその刃を突き刺した。
「がぁぁぁッ!!」
「一つ忠告しとくよ」
少年が冷たく言い放つ。
「死者は痛みを感じないけど,死神の鎌で斬られるとすごく痛い」
九堂の口から少年と同じような黒い血が溢れる。
「そして,悪魔だけでなく死神に対しても唯一無二の武器なんだよ」
腹から"鎌"を引き抜くと,今度は九堂の頭目掛けてその刃を振り下ろそうとした。
「バイバイ,死神のお兄いち─」
『バン!!!』
突如,教会に銃声がこだました。
少年がドサっと倒れた。
「何が起きたんだ…!?」
"花子さん"は状況が理解できていない。
「いやぁ,間に合ったぁ」
先程,九堂が蹴破ったステンドグラスの窓に人影があった。
その人影は颯爽と"花子さん"の前に飛び降りた。
九堂と同じような黒いスーツを着ているツインテールの女性だ。
年齢は20代後半といった感じで,妙に色っぽい。
「お前…,何者だ?」
「あなたが花子ちゃんね…,九堂が気にかけてる。」
銃口の煙をフッと吹く仕草をしながら女性が言った。
「初めまして。私は九堂の上司の"マリア"と言います。」
そう言うとマリアは深々とお辞儀した。
「『九堂の上司』ってことは…」
「ご明察の通り,私も死神ってわけ。この子は私の鎌」
マリアは手にしている銃を大げさに振った。
「もはや,何でもいいんじゃん!」
これにはツッコまずにはいられない。
「ノンノン。死神の"鎌"には共通点があってそれは─」
「現世で人を殺めている」
マリアが言い終わらないうちに,天道進が続けた。
「お前…,いつからそこに」
天道進は集会場の入口に立っていた。
「可愛い部下が無惨にも銃に屈するところから」
「仲間が殺されても平気なのかよ…」
「あー,我々悪魔にそんな感情はないのだよ。お嬢さん。」
「あなたが天道進,またの名をマルバスってところかしら」
「これはこれはマドモワゼル,ご明察の通り」
「お前が,同僚の"鎌"を奪った…」
九堂が腹を抑えながら言った。
「あぁ,あの死神は君のお友達だったのかぁ」
天道はわざと大げさに言った。
「あの死神は私が食べてしまった」
「貴様…!」
「ちなみに首無し青年の"糸"を切ったのは彼女の"鎌"ではないよ」
「やはり貴様が…」
「話は最後まで聞きたまえよ,死神の少年」
「貴様が首無しライダーを操っているんだろ!?」
「この世に再誕した悪魔は私以外にも沢山いるのだよ。それに,死神の鎌はさっきも言ったように特別なものではない。」
「どういう意味だ?」
「現世で人の命を奪ったものはそれだけで莫大な力を宿す」
天道が説明を続ける。
この世で生物の命を奪った道具─剣や銃などの武器は,あの世において死神の"鎌"として用いられる。
極端な話,戦車だって死神の"鎌"として用いることができるのだ。
「余談だが,死神が持っている鎌のイメージは,中世以前の処刑で大鎌が頻繁に使われていたことに由来する」
「…,何が言いたい?」
「つまり,首無し青年の"糸"を切るのに,わざわざ死神から鎌を奪う必要はないということだよ」
そう言うと天道は一呼吸置いた。
「こんな風に」
天道は胸ポケットからナイフを取り出すと,九堂に向けてダーツの矢の様に投げつけた。
「がぁあッ!!」
ナイフは九堂の肩に命中した。
よく見るとナイフは昼間の儀式に使われたものと同じだった。
「貴様…,これで何人の命を…」
「ザッと50人くらいか…,あるいはもっとかもなぁ!!」
天道進はケタケタと笑った。
「おしゃべりが過ぎるわよ,マルバス。」
「は…?」
天道がマリアの方に振り返ると同時に,
マリアは銃の引き金を引いた。
(続く)




