第1話 (トイレの花子さん)-3
ーそのとき外から車のエンジン音がした。
「…!? 先輩…?」
太郎が北側女子トイレの窓から校庭を眺めると,
乗ってきた先輩の軽ワゴン車が動き出そうとしていた。
「ウソだろ…,」
目の前にいる長身の女性の方には見向きもせず,
思わず声が出る。
(先輩にはこれまでに何度もからかわれてきたが,
深夜の廃校に置き去りにするような人ではなかったはず…!?)
先輩に裏切られた事実と, 目の前の光景に太郎は絶望した。
「おまえさぁ…, ここに来る前, どこに行ってきたんだ?」
長身の女性が太郎に問いかける。
「…は?, どこに行こうがおまえに関係ないだろ!」
太郎が悪態をつく。
「…このままだと, おまえら全員死ぬぞ」
「ふざけんなよ!"花子"だろうが何だろうが,適当なことー」
「よーく,車を見てみろよ」
太郎が走り出した先輩の軽ワゴン車に再び目をやる。
「え…?」
暗くてよくわからないが軽ワゴン車の屋根に何かがしがみついている。
その瞬間, 太郎は今までに体感したことのない悪寒がし, 鳥肌がたった。
「あ…赤地橋に行った。先輩が最恐だって…。」
ー赤地橋 (あかぢばし)ー
地元では有名な心霊スポット。
とある谷にかかる橋で,
事故が多く,加えて昔から身投げをする人があとを絶たない。
噂だと橋の真ん中で車を停止し,
クラクションを1回鳴らすとその車は必ず帰り道で
事故を起こすとか…。
「よりによって, 一番厄介な場所に行ったな」
長身の女性が鼻で笑った。
先輩の軽ワゴン車は急発進した後,
ジグザグにハンドルを切りながら猛スピードで
校庭を飛び出していった…。
「おい…, 先輩の車はどこに…。」
太郎がうろたえる。
「決まってんだろ, ”橋”に戻るんだよ。
奴さん, 車ごと橋の上から身投げさせるつもりだ。」
「どうしたらいいんだよ!! りょうちゃんやナツミ先輩も…」
おそらく女子二人も先輩の軽ワゴン車に乗っているはずだ。
「ひとつだけ方法がある。それはー」
長身の女性が急にドヤ顔で吠える。
「何だよ, 早く言えよ…!」
「おまえの身体を貸せ」
「は?」
「二度も言わせんな。てめぇの身体を貸せって言ってんだよ。」
「言ってる意味わかんねぇよ。ツラを貸せってことか?」
長身の女性が深いため息をついた。
「ハァ…。これを見ろよ。」
長身の女性が赤いスカートから左足をのぞかせる。
「いやいや何してんの…, この状況で。」
「馬鹿か!!太ももじゃねぇッ!足首を見ろ!足首!」
太郎が女性の足首に目をやると足枷のようなものが繋がれている。
普通の足枷と違う点は,
鎖の先が3番目の個室トイレへと伸びており,
その先端がトイレの床と繋がっている。
「"最強"の私でもここから出ないと何もできない…。」
「おまえ, トイレから出られないのかよ。"地縛霊"とでも言いたいのか!」
今度は太郎が長身の女性を鼻で笑うが, 女性は至極真面目にうなずいた。
「ふざけんじゃねぇッ!いい加減その"トイレの花子さん設定”をやめろ!
こんなもん…」
太郎は怒鳴りながら鎖を引きちぎろうとするが,
鎖は頑丈で,引っ張っても床から抜ける気配はなかった。
「ほ, 本物なのか…,これ」
太郎はにわかには信じられなかった。
突然目の前に出てきたスケバンがあの"トイレの花子さん"だなんて…。
しかも, トイレの床と鎖で繋がれて出られない状況だなんて…。
…ん?ここで太郎は気がついた。
「鎖に繋がれてここから出られないのと, オレの身体を貸すことに何の関係があるんだよ!」
「この鎖を断ち切るには, 生身の人間に憑依しないと無理なんだよ…」
”花子さん”は, これまでと打って変わってとても悲しげに, 静かに呟いた。
その様子を見て,太郎も荒げていた声のトーンを落とした。
「…で, オレの身体を貸した後, おめぇはどうすんだよ」
「決まってんだろ, お友達を連れ去った"化物"をぶちのめして, ついでにお友達も助けるんだよ」
太郎はしばらく何も言えなかった。
この状況でも太郎は, 目の前にいる女性の話を完全に信じた訳ではなかった。
「どうする?ここから橋までそう遠くはないし, 早くしないとフライトに間に合わなくなるぞ」
長身の女性が太郎を挑発する。
「ッるせぇ!!今考えてるんだよ!!少しは黙ってろよ!!」
(続く)