第5話(永遠の方舟)-3
「黒いマネキンですか…」
花子さんの話を聞いて九堂が言った。
花子さんと太郎は教団のセミナーのあと,
集会場の外で待っていた九堂と合流した。
「あの教祖は,"何か"を召喚して,車椅子の少年に憑依させたのは事実だ」
花子さんが神妙な面持ちで言った。
「わかりました。あと,結界の件ですが─」
「それについては,結界の紋章の場所まで特定済みだ」
「『特定済み』ということは,結界を消すには至らなかったと?」
「人目につく場所だったからな…。下手に動けなかったんだ。」
「集会場の壁に紋章があったけど,近くに教祖がいたんだよな」
太郎が花子さんの説明に付け足した。
集会場の壁には,九堂から教えられた紋章と同じものが大きく描かれていた。
しかし,天道が儀式を行っていたステージ横の壁,天井ギリギリの高さに描かれていたため,
消すには至らなかったのだ。
「あまりにも目立つところにあったから,教団のシンボルみたいだったよ」
「それに儀式のあと,すぐに集会場から出るように言われたからな」
「状況は理解できました。ただ,お二人に紋章を消してもらわないと私の力では…。」
「わかってるって。今日の夜,集会場に忍び込んで消すつもりだ。」
花子さんが意気込んだ。
その日の深夜─
花子さんと太郎は再び教団の集会場の前にいた。
幸い,人気はなく辺りは静まり返っている。
「さてどうする?」
太郎が花子さんに聞いた。
「紋章の形を少しでもいじれば良いんだろ?楽勝だろ。」
花子さんはそう言うと右手の油性ペンをちらつかせた。
「そうじゃなくて,段取りのことだよ!」
「…そうだな。ひとまず"普通"には届かない場所にあったな。」
結界の紋章は集会場の天井ギリギリの高さ,並の人では届かない所にあった。
「太郎,合掌,一礼」
「あー,はいはい。」
予想はしていたけれども,やはりこうなるか。
太郎は言われるがまま花子さんを身体に憑依させた。
「よっしゃ行きますか」
(どこから入るんだ?)
「ひとまず,玄関から攻めてみるか」
"花子さん"が集会場のドアのぶに手をかけるとすんなりと開いた。
「なんだ,鍵がかかってないじゃないか」
(教会みたいだから,普段は24時間開放されているんじゃないか?)
「ま,いいや。お邪魔しまーす。」
集会場に人気はない。
照明は点いていないが,ステンドグラスから月明かりが差し込んで意外と中は明るい。
「サクッと終わらせるぜ」
"花子さん"が油性ペンのキャップを大げさに外した。
そして,天井近くまで跳躍すると紋章の上に油性ペンで線を引いた。
「ミッションコンプリート!」
「お姉ちゃんたち,何してるの?」
集会場の入り口に,昼間ステージ上にいた車椅子の少年がいた
─と言っても今は車椅子に乗っていないが。
「わ,忘れ物を取りに…。」
"花子"さんが作り笑いをしてごまかそうとした─
(待て!なんであの子,『お姉ちゃんたち』って言ったんだ?)
太郎の身体に花子さんが憑依している状態では
一般の人には太郎の姿しか見えない筈だ。
「お前,何者だ?」
"花子さん"の問いかけに少年がニタァと笑った。
「バレちゃったかぁ」
次の瞬間,少年の姿がなかった。
「意外と感がいいんだね」
少年が"花子さん"の耳元で囁いた。
「…!?いつの間に!」
"花子さん"は一瞬で少年に羽交い締めにされた。
「ぐ…。」
身動き一つできない状態だ。
とても少年の力とは思えない。
(おい!どうするんだ?一気にピンチだぞ!)
「うるせぇ!今考えてるんだろ!」
「へぇ,憑依中でも会話できるんだね」
少年は至極冷静だ。
「『会話』って…。お前,太郎の声が聞こえんのか!?」
死神の九堂でさえ,花子さんが憑依した状態の
"太郎の声"を聞くことはできない。
しかし,この少年には二人の会話が筒抜けのようだ。
『ガシャン!!!』
何かが割れる音がするとともに
"花子さん"は前方に吹っ飛ばされた。
「上手くいったようですね」
九堂だった。
九堂が背後のステンドグラスを蹴破ってそのまま
少年の首に強烈な蹴りを入れたのだ。
"花子さん"は少年もろとも前方に吹っ飛ばされたが
おかげで少年から開放された。
「あいつ…,只者じゃないぞ」
起き上がりながら"花子さん"が言った。
少年の方は九堂に突き飛ばされたあと,前のめりで集会場の椅子に突っ込んだ。
その首はおかしな方向に曲がっている。
少年は起き上がりながら曲がった首を手で直した。
『ゴキッ』と骨が軋む音が響く。
「…そのようですね」
九堂は胸ポケットから裁ち鋏を取り出す。
「へぇ。それが死神の鎌かぁ。初めて見た。」
「これをご存知とは…。あなた何者ですか?」
九堂の鎌は裁ち鋏の形状をしている。
そのため,それが死神の鎌だとは少年には知り得ない筈だ。
「お兄ちゃんも白々しいね。わかっているくせに。」
「九堂,お前何か知ってるのか?」
"花子さん"が会話に割って入る。
「お兄ちゃんは知っていて,お姉ちゃんたちをここに送り込んだ。そうでしょ?」
確かに,九堂が助けに入るタイミングが良すぎる。
初めからこうなることを予想していたかのようだった。
「ええ…。初めからあなたたちの手には負えない相手だと知っていましたとも。」
「じゃぁ,こいつの正体も初めからわかっていたんだな?」
「そうです。こいつは"悪魔"です。」
─悪魔─
地獄に堕ちて責苦を受けた人間の魂。
その他,人間由来でない者も含まれる。
「太郎さんたちが見た黒いマネキンは,地獄の業火で焼かれた元人間の魂,即ち悪魔です。」
道理で焦げ臭かった訳だ。
九堂が続ける。
「そして,死刻表から名前が消えるということは,"悪魔に魂を売った"ということです」
「つまり,この少年も…。」
「そう,本人も知らないまま悪魔に魂を売っていたのです」
"永遠の方舟"は,寿命を伸ばすという謳い文句で,
難病に苦しむ人々に悪魔を憑依させていたのだ。
「酷いことをしやがる…。」
「何を言っているのですか?ボロボロの肉体を我々が再利用,リサイクルしてるだけですよ」
少年が言った。
「黙れ。善良な魂を糧にして,貴様らがこの世に蔓延ろうとしてるだけだろ」
九堂の口調が変わった。
「現に,この少年の願い通り肉体は生き続けています。」
「寄生虫が宿主の身体を喰い物にしてるのと変わらないだろ」
九堂が"鎌"を構えた。
(続く)




