第5話 (永遠の方舟)-1
「死刻表から魂が消える!?」
九堂の発言に,太郎と花子さんは同時に叫んだ。
今は朝の7時。
首無しライダーとの死闘を終え,ケンジが運転する車で太郎の自宅まで送ってもらった直後のことだ。
「この件について,お二人の力をお借りしたい」
珍しく九堂が深々と頭を下げる。
「それはともかく,死刻表って全ての人の死ぬ時間が載ってるんじゃないのか」
太郎が九堂に聞いた。
「その通りです。お見せすることはできませんが,今生きている人の名前全てが死刻表に記載されています。」
死刻表とは,いつ,どこで,どのように,誰が死ぬか予め決まっており,鉄道のダイヤと同様に記された手帳のことを示す。
死神は,この死刻表のダイヤに乱れが起きないよう,魂の管理をしているのだ。
「そこから名前が消えるってことは?」
「予定された死刻よりも前に死亡するか,魂自体が我々の管理から外れることを意味します。」
いずれにせよ,上記のようなケースはあってはならないことだ。
「流石に死神さんのお仕事のお手伝いは,無理だな」
花子さんが鼻をほじりながら言った。
確かに,漠然と死刻表から消えた魂を何とかしろと言われても無理がある。
「いいえ,死神の業務ではなく,お二人にはある組織に潜入してもらいたいのです。」
「その組織は死刻表と何の関係があるんだ?」
今度は花子さんが九堂に質問した。
「それは,その組織に関与した人間の名前が死刻表から消えているからです」
「てことは,そこでみんな死んで…?」
「それが,死刻表から名前が消えても,全員生存しているんです」
「なら,別にいいじゃないか。みんな生きているなら。」
「よくありませんよ!我々の管理から外れた魂はあの世へ行くことができません。それに─」
九堂が口をつぐむ。
「『それに』ってどうしたんだよ?何か言いづらいことがあんのか?」
「つい先日,この件について調べていた同僚の音信が途絶えました。」
少し沈黙が続く。
「…そんな危ない任務,生身の俺なんか到底無理だよ」
太郎が沈黙を破った。
「今回は,生身の肉体を持つ太郎さんと,幽霊である花子さんにしか頼めないんです。」
「それはどういう意味だ?」
「その組織は,死神をはじく結界を張っているんです」
九堂が説明を始めた。
組織の名前は"永遠の方舟'"と言う。
所謂,宗教団体の一つで,そこまで規模も大きくなく,名前もそこまで世間に知られていなかった。
だが最近,爆発的に信者が増えているようだ。
きっかけはある噂からだった。
─入信すれば,寿命が伸びる─
不治の病に侵された患者が殺到しているらしい。
教祖は天道進という男性で,莫大な霊力で信者の寿命を伸ばしたり,厄災を祓うことができるらしい。
「ふーん,便利じゃないか」
「よくありません。本来死ぬ運命の命が,生き長らえているのです。」
死刻表の異変に気がついた九堂の同僚が上層部へ報告し,調査のため教団の集会場へ向ったそうだ。
「…で,入れなかったと」
「そうです」
幽霊マンションの時と同様に,見えない結界にはじかれてしまったそうだ。
「結界が張ってあるなら,私も中に入れないんじゃないのか?」
確かに,幽霊である花子さんもその結界にはじかれる可能性が高い。
「死神をはじく結界は特殊で,他の霊的なモノは大丈夫です」
「そんな都合の良い結界なんてあるのかよ」
「お二人に頼みたいのは,教団の何処かにある結界の紋章を消して欲しいのです」
「消すってどうやって?」
太郎が聞く。
「形を少し変えるだけで良いのです。紋章の一部を削る,線を書き足す等…。」
「ふ〜ん…。で,報酬は?」
「スタンプをはずみましょう」
途端に花子さんの目が輝く。
「新興宗教に潜入して,紋章を消すだけでいいんだな?」
「そうです。結界の紋章は後で見本をお見せします。結界を壊してもらえたら,後は我々で処理します。」
「よっしゃ!引き受けた。太郎,やるぞ!」
花子さんはやる気が出たようだ。
だが,太郎は釈然としない。
「…,どうしてこのタイミングで頼むんだ?」
確かに,つい先程まで首無しライダーと対峙していたのだ。
結果的に取り逃してしまったが…。
「先程,首無しライダーの事件の裏に第三者が絡んでいることが判明したことから─」
首無しライダーの首と,その幽体を繋ぐ霊糸を切った者がいる。
九堂曰く,霊糸を切ることができるのは死神の鎌しかないそうだ。
「じゃ…,音信が途絶えたっていう同僚が関わっていると?」
「あるいは,同僚の鎌を奪った何者かの仕業かもしれません」
いずれにせよ,九堂は首無しライダーの事件と,同僚の失踪は関係があると考えているらしい。
「ま,今回はその教祖とやらを倒さなくてもいいんだから,楽勝だな」
「でも,人の寿命を延ばしたり,すごい力を持っているんだろ…。」
「紋章の一部を変えるだけでいいんだから,油性ペンひとつで解決するだろ」
花子さんの頭には報酬のスタンプしかないようだ。
「わかったよ…。ただ少し寝かせてくれ。流石に疲れたよ。」
ほぼ徹夜状態では辛いものがある。
「生きているって大変なんだな。まぁ,少し休んでからにするか」
外は夜が完全に明け,クマゼミが鳴き始めていた。
(続く)




