第1話 (トイレの花子さん)-2
ーコン, コン, コン…。
手の甲が木製の扉に触れると意外と乾いた音がした。
ひと呼吸おいてから, 例の言葉を口にする。
「はーなこさん, 遊びましょ」
"遊びましょ”の部分はほとんど聞き取れないくらい小声だった。
「何も起きないじゃん…」
扉の前でしばらく待ってみるが返事はない。
(そういや, 映像がどうとか先輩言ってたっけ)
太郎はここでスマホのことを思い出した。
先輩から懐中電灯を手渡されていたため,
録画機能をオンにした状態のスマホをジーパンのポケットに突っ込んだままであった。
(一応, 音声だけでもちゃんと噂を検証したってわかるよな)
録画を停止して, 足早に立ち去ろうとしたときだった…。
「はぁい…」
背後の個室から小さく, 湿った声がした。
「…ッ!?」
ビクっと反射的に身体が震える。
その反動で手にしていたスマホを床に落としてしまった。
ゆっくりと, 目線だけ背後の扉に移すが,
個室の扉は依然として閉まったままである。
「そ…空耳だよ, 空耳ッ!」
落としたスマホをさっさと回収しようと, 背後に向けた目線を
足元に移す。
液晶の明かりがボワッと太郎の足元を照らしている。
「はい」
今度は確実に個室の中から声がした。
さっきよりも強めのトーンだった。
「え…」
返事は聞こえたものの, 暗闇にある個室の扉は閉まったまま。
太郎の背中は冷や汗でびっしょりになっていた。
全速力で走って逃げたいにもかかわらず,
太郎の足はノックした扉の前に向かっていた。
おそるおそるドアノブに手をかけようとしたときー
『バンッ!!!』
個室の扉が中かから勢いよく開いた。
あまりにも勢いがあったため, 扉と太郎がぶつかり,
太郎は後ろに尻餅をついた。
「痛ったぁ…」
目線を上にあげると個室の中に誰かいた。
「『はい』ッて言ってんだろうがッ!!」
長身の女性が怒鳴った。
「あんた誰だよッ!何してんだよ, こんなトコで」
痛みで恐怖心もぶっ飛んだ太郎が懐中電灯で女性を照らす。
「花子だよ!呼ばれたから出てきてやったんだろうが!」
女性は自身を”花子”と名乗ったが, その様子は噂とかけ離れたものであった。
まず, 少女ではなく, 大学生くらいのつり目の女性。
髪型はおかっぱ頭でもないし, 黒のロングヘア。
かろうじて赤いスカートは履いているが,
右手に缶チューハイ (ロングで強いやつ) , 左手には金属バットを持っている。
両手が塞がっているところを見ると, 個室の扉を中から蹴り飛ばしたのだろう。
花子さんよりもスケバンの方が近いかもしれない…。
「け…警察呼びますよ」
完全に不審者だと思った太郎が, 声を絞り出す。
「てめぇが困るぞ, 立派な不法侵入罪だ」
「ぐっ…」
廃墟に入るのは, 不法侵入です。絶対にやめましょう。
「おまえさぁ…」
女性が缶チューハイをあおりながら, 太郎に近づく。
そのとき, 外から車のエンジン音がした。
(続く)