第3話-2
塾に向かう道中,花子さんはあまり話しかけてこなかった。
太郎が振り返ると,太々しい態度をした花子さんの後ろに感情のない顔をした死神が見える。
「…なぁ,せっかくの夏休みなのに塾に行かないと駄目なのか?」
最寄り駅に差し掛かったとき,はじめて花子さんが口を開いた。
「そりゃあ,いい大学に合格するには行った方がいいな」
太郎は一応受験生だ。
花子さんの"オバケスタンプラリー"に付き合わされて
勉強が大分疎かになっているが,
もともと夏休み前から某有名予備校の夏期講習を予約していた。
「大人になると,どんどん休みがなくなるのかな…」
花子さんが死神の九堂を見た。
「私も義務教育の途中で人生が終わっているので,その点についてはあまり詳しくないですね。」
そう,この2人はどちらも生涯で小学校までしか経験していないのだ。
だからわざわざ夏休みに塾 (予備校) に行く重要性を説いても納得がいかない。
「スタンプ集めるのも重要だけどよ,俺の人生もかかってるから昼間は我慢してくれ」
「おまえが"カキコウシュウ"に行ってる間,私はどうすりゃいいんだよ」
「とりあえず,近くの"小物"で小銭稼ぎしといてくれ」
「近くって…」
花子さんは憑依している太郎からはあまり離れることができない。
「予備校から半径1 km以内なら,一匹くらいいるだろ」
「はぁ〜…」
花子さんはわざと大きな溜息をついた。
最寄りの駅から3駅ほど乗った先にその塾はあった。
駅前すぐの大きなビルまるごとが塾の建物だ。
「塾って言うより会社だな」
花子さんがビルを見上げながら言った。
「17時には終わるからそれくらいに入口集合で」
「私は中に入れないのか」
「そこの死神はともかく,おまえは一般人にも見えるんだろ」
全身真っ赤なコーデの花子さんは流石に目立つ。
「仕方ねぇな…」
「じゃ」
そう言うと太郎はビルの中へと消えていった。
残されたのは,少年の死神と大人の花子さんだけだ。
「…おまえは仕事はいいのか」
「今のところ,ダイヤの乱れはないのであなたを監視する業務だけですね」
「ケッ!勝手にしろよ」
「これからどうするつもりですか?」
「アイツが言ってた通り,この辺ブラブラして"小銭稼ぎ"するしかねぇだろ」
そう言うと花子さんは予備校出てすぐの大きな交差点へと歩き出した。
市内の中心地ともなると,人通りも交通量も多い。
大勢の人々と一緒に信号を渡る。
「おい,あれ…」
花子さんが交差点の向こう側を指さす。
信号を渡りきった電柱の側に小学生くらいの女の子がこちらに背を向けてしゃがんでいた。
「良かったじゃないですか。早速,幽霊ですよ。」
近くに女の子がしゃがんでいるのに,通行人で誰ひとり気づくものはいなかった。
「おい,おまえ」
花子さんが女の子に話しかける
ーが,返事はない。
「話しかけてるんだよ, こっち向けよ」
花子さんが女の子の背中を軽く叩いた。
女の子の背中がビクっと動いて,ゆっくりとこちらを振り向く。
「…私が見えるの?」
ショートカットの目の大きい子だ。
その目には涙が浮かんでいる。
「見えるっていうか,"同業者"だ」
「じゃ,お姉ちゃん達もー」
「あぁ。この世のものじゃないな。」
「そうなんだ」
悲しげな表情が少し和らいだ気がした。
「こんな所で何してるんだ?」
「おうちに帰れないの…」
女の子は足を指差した。
その足には以前の花子さんと同様に鎖が繋がれており,もう一方の先は交差点の電柱に繋がっていた。
「地縛霊か…」
鎖が繋がれている電柱の陰には花が手向けられており,つい最近供えられた様子だった。
「おい,これはおまえの仕事だろ」
花子さんが九堂に目をやる。
「あいにく,今の私は鎌を持っていないのでこの子の鎖を切ることはできません」
「役に立たねぇ野郎だな」
「元はと言えばあなたのせいでー」
「わかった,わかったってば!私が何とかすればいいんだろ。」
「お得意の"バット"でぶん殴るんですか?」
そのやり取りを聞いた女の子が花子さんを怯えた様子で見つめる。
「んなわけねぇだろ。こんな小さな子供相手にそんなことしねぇよ。」
「それを聞いて安心しました。」
「…で,地縛霊を解放するにはどうすればいいんだ?」
「鎖を切る以外には,未練を断ち切るしかないですね」
「未練か。おい,おまえの未練って何だ?」
花子さんが女の子に問いかけた。
「"みれん"って何?」
「えーと…,やり残したこととか心に引っかかることだな」
「…じゃぁ,お靴をなくしたことかな。パパとママに買ってもらったばっかりの。」
女の子が右足を見せた。
もう片方の左足には靴が履かれているが,右足にはなかった。
「どこでなくしたんだ?」
「この交差点でなくしたの。」
「わかった。そんじゃ,とっととその靴とやらを手分けして探すぞ。」
「私もですか?」
九堂が不満そうに言った。
「おまえ,暇してんだろ。少しは手伝えよ。」
「仕方ないですね。」
花子さんと九堂は手分けして交差点の周囲を探すことにした。
だが,1時間程捜索しても靴はどこにも見当たらなかった。
「ほんとにこの交差点でなくしたのか?」
花子さんが息を切らしながら女の子に聞いた。
「うん!猫さんが持ってったんだよ!」
「猫さん!?猫がおまえの靴を奪ったっていうのかよ!」
「花子さん,怖がってるじゃないですか。もっと優しく接しないと。」
女の子の怯えた様子を見て九堂が言った。
「お嬢さん,その猫ってどんな猫でしたか?」
「うーんとね,真っ白くて,目がすっごく青い猫さんだよ。」
「困ったな。その猫を探すしかねぇのかよ。」
花子さんが交差点を見渡しながら言った。
交差点には猫の姿はどこにも見当たらない。
「それならいい方法がありますよ」
九堂はそう言うと,一瞬消えて,再びその場に現れた。
その手には枝のような物が握られている。
「それってもしかしてマタタビか?」
「惜しいですね。キウイの根っこです。」
「キウイって果物のキウイのことか?」
「そうです。キウイはマタタビ科の植物で,その根や葉にはマタタビと同様に猫の好む成分が含まれています。」
「おまえ,どこでそんな知識を…」
「まぁいいじゃないですか。これを燻して猫を集めましょう。」
九堂がスーツの内ポケットからライターを取り出して, キウイの根を燻しはじめた。
それから30分くらい経っただろうか。
周囲に猫がちらほら集まってきた。
「ほんとに猫が集まるんだな!」
花子さんが感心した様子で言った。
「だから言ったじゃないですか。キウイにはマタタビと同様の効果があるんです。」
「あ!あの猫さんだよ!」
女の子が集まってきた猫の中の一匹を指差した。
確かに,全身真っ白の毛色で,目が青い猫がそこにいた。
花子さんがそーっとその猫に近づく。
そのとき,信号が変わって大勢の人々がこちら側に渡ってきた。
「あ」
花子さんはある事に気がついた。
「九堂,こいつー」
「この猫も幽霊ですね」
(続く)




