第2話(幽霊マンション)-7
太郎は待ち合わせ場所であるマンションの正面玄関に着いた。
既に橘は到着しており,スマホを眺めていた。
「やぁ,時間通りだね」
「先日はどうもごちそうさまでした。」
「いやいや,こちらこそ。今日はお姉さんの方は来ないのかい?」
花子さんは結界のためマンション内に入れない。
そのため,橘の取材には太郎のみ同行することにしたのだ。
「あ…姉は急用で,後から合流するそうです」
花子さんはマンションの近くで待機している。
「そうか…。まぁいい,そろそろ行くか。」
橘先導で玄関手前に位置する管理人室のインターホンを鳴らす。
しばらくすると,50代くらいの白髪の男性が出てきた。
「ああ…,橘さんね。どうぞ。」
「お世話になっております。何度もすみません, お忙しいところ。」
「TVやら何やらで騒がしくなっちまったね。ところで,そちらの方は?」
白髪の男性が太郎の方を見る。
「こちらは山口さんの長女の同級生の方です。事故の真相が知りたいというので,連れてきました。」
橘はしれっと嘘をついた。
「あぁ,山口さんところの…。まだ意識が戻らないそうだね。」
「こちらは,このマンションの大家兼管理人の高畑さんだ。」
続けて橘は太郎に男性の紹介をした。
「どうもはじめまして。本日はお邪魔させて頂きます。」
「立ち話もなんだし,奥へどうぞ。」
高畑の案内で,管理人室奥の住居スペースへと進む。
一人暮らしだろうか。物が少なく片付いている。
クーラーが効いており,とても快適だ。
「そちらのソファーにどうぞ」
橘と太郎は一番奥に位置するリビングに通された。
すぐに高畑がお茶を持ってきた。
「ありがとうございます。いただきます。」
猛暑日のためか,橘は出されたお茶を一気に飲み干す。
一息ついたところで,高畑が切り出した。
「先日のTV放送から,報道陣が押し寄せて大変なんだよ…」
高畑が深いため息をつく。
「先日の放送,私も拝見しました。霊能者の本郷先生ですが,すごいですね。」
「タダでお祓いをしてくれるっていうから頼んだんだが,かえって騒がしくなってしまった」
高畑は日頃マンション住人から怪奇現象のクレームを受けていたのだろう。
そんな状況で有名な霊能者が無料でお祓いをしてくれるというのであれば,快く取材を引き受けるだろう。
「…で,これまでにだいたいの話はしたんだが,今日は何を聞きたいんだね」
「今日はこの土地についてです。マンションが建つ前のことなど詳しいことを…,可能であれば土地購入の経緯も。」
「そんなことまで記事にするのかね,記者さんは。」
「細かいところまで事実確認が必要な仕事でして…,ご協力お願いします」
「なら仕方ないか。もともとこの土地は私の親父が買ったものでー」
高畑が話しはじめた。
このマンションの土地は先代が購入したそうだ。
それが今から20年前のことで,高畑自身,当時は仕事の都合で別の県に住んでいた。
「土地に関して不動産屋からなにかお話はあったんですか?」
「もちろんあったよ。昔一軒家が建っていたが火災で消失したと。」
告知義務というやつなのだろう。契約前に不動産屋から詳細な説明があったという。
「当時,親父からこの土地の資料を見せてもらったときにその話を聞いてねー」
この土地にはある資産家の邸宅があった。
資産家の名前は"一条幸之助"といった。
邸宅には幸之助とその妻,そして娘の3人が住んでいた。
ここまでは何となく聞いたことのある内容だった。
「投資だか事業に失敗してね…」
豊だった生活が一変し,一条家は多額の借金を背負ったという。
借金をきっかけに家族仲は悪くなり,夫婦喧嘩が絶えなくなった。
そんなある日ー
「口論の挙げ句、ご主人が奥さんと子供を包丁で刺殺したあと,自殺を図った」
「死因は火災ではなかったんですか?」
「自分にも包丁を突き立てたらしいが,それでは死にきれず,家に火を放ったそうだ」
近所の住人が消防隊を呼んでから12時間後に鎮火したらしい。
それから建物の残骸が撤去され,しばらく空き地となっていた。
凄惨な事件があったせいで長いこと買い手がつかなかったが,
隣の土地と合わせて売りに出したところで高畑のお父さんが購入したらしい。
「もともと駅から近くて利便性がいい場所だからね」
マンションが建つとすぐに満室になった。
「それが今回の幽霊騒動のせいで退去希望者が続出だ。はじめに言い出したのが山口さん一家だったかな。」
来月には引っ越すという時に山口さん一家が自動車事故に巻き込まれた。
「タイミングが悪かった。幽霊騒動のこともあって祟りだなんだってマスコミが騒ぎはじめた。」
そこから悪い噂が一気に世間に広まったのだという。
「橘さんは記者さんだけど,一連のことを記事にしなかったね。」
「えぇ…,事故に遭った山口さんには親切にして頂いたので…」
「世間様は人の不幸が大好きさ。これまで記事にしなかったあなただから今日の取材を受けた。」
「ありがとうございます。私は幽霊に懐疑的ですし,記事にするときは真実のみを報道します。」
「是非そうしてください。マスコミが押し寄せて住人が困っているという事実を世間に伝えてください。」
自分が住んでいる家でそんな状況になったらたまったものではない。
「最後にひとついいですか」
橘が高畑に問いかけた。
「"黒野"という男をご存知ですか?」
途端に高畑の表情が曇る。
「いいや?知らんよ,そんな男…」
「…そうですか。」
「そろそろTV局が来る時間だからね…」
「ついつい長居してしまいました。本郷正音ですか?」
「明日の除霊の準備だそうだ。これで騒動が収まってくれるといいんだが…」
「だといいですよね。今日はこれで失礼します。」
「入口まで送るよ」
高畑がソファーから立ち上がる。
そのズボンのポケットが角張っている。
スマホでも入ってるのだろうか…。
「本日はありがとうございました」
入口を出ると花子さんが待機していた。
「私は特大パフェで」
花子さんが店員さんに注文した。
ここは昨日と同じ喫茶店だ。
橘,太郎と花子の3人は昼食を兼ねて作戦会議しに来たのだ。
「おまえ, 昨日と同じメニューかよ」
「気に入ったんだからいいだろ。で,収穫は?」
橘が太郎の代わりに高畑からの情報を話す。
「なるほどね…,ただの火災ではなかったということですか」
「私も当時の新聞記事を図書館で調べたんだが,無理心中だったとは今日はじめて知ったよ」
「橘さん,僕らにまだ話してないことがありますよね…。最後に言ってた"黒野"って誰ですか?」
太郎が気になっていた事を聞いた。
「そうだね,ここで君達にも知ってもらった方がいいね」
橘はテーブルの上に新聞の切り抜きを置いた。
『成人男性の変死体が竹林で発見される』
記事の見出しはこうなっていた。
橘が神妙な面持ちで話しはじめた。
「その変死体が黒野という男で,あのマンションの最初の犠牲者だ」
「昨日の出来事じゃないですか」
記事の日付けは昨日だった。
「黒野は"地上げ屋"で,去年の12月頃からあのマンションに出入りしていた」
「"地上げ屋"って何ですか?」
太郎が橘に質問した。
「ざっくり言うと土地を買い付ける仕事だ」
「ということは,その人はあのマンションの土地を…?」
「そうだ。あの土地は駅からも近く,敷地も大きいからな。」
「でも,あのマンションには沢山人が住んでいるんじゃ…」
「だから,上手く交渉して住んでいる人に立ち退いてもらう必要がある」
地上げ屋は,住人の立ち退き交渉および権利の譲渡などを行う大切な仕事である。
一部の業者が強引に立ち退きを迫ったため悪いイメージがあるかもしれないが,
合法的に行うのが常であり,立派な不動産の仕事のひとつである。
「黒野は,残念ながら違法なやり方をする男だったそうだ。」
「その黒野が現れた時期と怪奇現象が起き始めた時期が一致する…」
花子さんが特大パフェを頬張りながら言った。
「そうだ。一連の騒動はもしかすると"人為的"に起こされたものかもしれない。」
「住人を怖がらせて立ち退いてもらう…か」
「でも,"人為的"にしてはあまりにも不思議なことが起きているような。」
太郎が言った。
「そうなんだ。仮に黒野が仕込んだとしても,度が過ぎている。」
最終的に仕掛けた本人が亡くなる事態になっている。
「高畑さんは黒野と接触しているにもかかわらず,我々にそんな男は知らないと言った」
「ということは黒野を殺害したのは…」
「いや,その確証はまだない。だが黒野の作戦が狂う原因がどこかにあったわけだ。」
「今回の幽霊騒動は,そう単純なものではないってことですか」
「わからないことが多すぎるんだよ。ただ,明日の本郷正音の除霊で事態が大きく動く気がする。」
橘が興奮して言った。
「すると明日の公開除霊に我々も参加するしかないですね」
「もちろんだ」
(続く)




