第2話(幽霊マンション)-5
「あぶない!」
太郎が男性記者に向かって叫ぶと,
男性記者は反射的にその場を離れた。
『ガシャンッ!!!』
間一髪だった。
男性記者のほぼ真横に植木鉢が落下した。
植木鉢が割れ, 土が周囲に飛び散った。
「どうしたんだ?」
先ほどまで姿の見えなかった花子さんが太郎の後ろに出現した。
「たち…ばな, とおる」
テーブルの上に置かれた名刺を眺めながら太郎と花子さんは同時に呟く。
肩書きをみると, 地方紙の記者だった。
「遠慮なく注文してくれ。君たちは命の恩人だから。」
ここは幽霊マンションからほど近い喫茶店だ。
橘と名乗る男が,
昼食のついでにさっきのお礼がしたいとのことで
太郎と花子の2人は喫茶店までついてきたのだ。
ほどなくして注文した食べ物がテーブルに並ぶ。
橘はカレーライス,太郎はアイスコーヒー,
そして花子さんは特大パフェだった。
「おまえ…, あつかましいな」
太郎が花子さんの特大パフェを横目にそう言った。
「食えるときに食べとかないとな。いつ食えなくなるかわからねぇぞ。」
花子さんの言葉には重みがあった。
「ハハハ, ごもっともだ。君ももっと注文していいんだよ。」
「いえ…,遠慮してるわけでは」
「さて,改めてお礼を言わないとな。さっきはありがとう。」
「いえ,自分は特に何も」
「謙遜すんな, 太郎。もっと誇らしげにしろよ。」
パフェを頬張りながら花子さんが横槍を入れてきた。
「おまえは黙ってろよ。」
「きみ…達は見かけない顔だね。マンションの住人ではないのかな?」
太郎は言葉に詰まる。
「今朝の情報番組であのマンションが特集されていたので, 興味本意で」
花子さんがよそ行きの態度で答えた。
「なるほどね!今朝の放送は僕も見たよ。TVに先を越されたんですごくガッカリしたよ。」
「…それは残念でしたね」
「自分はあの幽霊マンションの事件を半年以上追ってきたんだよ。おそらく誰よりも早く。」
太郎と花子さんは顔を見合わせた。
「半年以上ってことはあそこで何が起きているのかよくご存知で?」
太郎がおそるおそる聞いた。
「もちろん。この騒動の始まりから今に至るまで全部だ。」
「差し支えなければ詳細を教えて頂いても…」
「いいよ!どうせ記事にはできないし, 命の恩人の頼みなら」
橘が話し始めた。
「きっかけはSNSの投稿だったー」
去年の12月頃, 一件の"つぶやき”がSNS上に投稿された。
『家の壁から変な音がする』
『どんな音?』
すぐに投稿に対する反応があった。
『爪で引っ掻くような音…。怖いよー。』
『ネズミでもいるんじゃない?』
『マンションだし,建物自体はそこそこ新しいよ』
こんな感じのやり取りが続いていたのだと言う。
当時, 橘はこのやり取りをSNSユーザーの1人として傍観していた。
『今日, 家の中で知らない女の人を見た』
投稿がはじまってから1ヶ月, どんどん怪奇現象がエスカレートしているようだった。
記者としての血が騒いだ橘は, 投稿者にダイレクトメッセージを送った。
『地方紙の記者ですが,お話を詳しく聞かせてくれませんか?』
ネット情報が信頼できないこのご時世,ダメ元で取材の依頼をしたそうだ。
ーが, 意外とすんなり投稿者からOKが出た。
「ちょうど,ここの席だったかな」
橘は, 投稿者とこの喫茶店で待ち合わせをして取材を行った。
「投稿者は"山口"と名乗った。ちょうど君くらいの年齢の女子高生だった。」
山口さんは自分の家で起こった怪奇現象について詳しく話してくれた。
ほとんどがSNSに投稿された内容と同じだったが,
取材の最後に
『お隣さんでも変なこと起きてるみたい。良かったら紹介するよ。』
山口さんの紹介で他のマンション住人にも聞き込みができたそうだ。
橘の調べでは,殆どの住人が何かしらの怪奇現象を体験していた。
住人の話にはいくつかの共通点があった。
1. 住み始めた当初は怪奇現象は全くなく,去年の12月頃から突如として始まった
2. 白い服の女の出現頻度が最も高い
3. 他に少女, 女性 (白い服の女とは別), 中年男性の目撃例もあり
橘は当時の取材をまとめた手帳を見せてくれた。
マンションの簡単な見取り図と, 幽霊が出た部屋についてわかりやすくまとめられていた。
「さすが記者さんですね。」
太郎が感心しながら手帳を眺める。
「ありがとう。幽霊の出現場所にはいくつかパターンがあった。」
橘が続ける。
出現頻度が最も多い白い服の女は, マンション全域で目撃されており,住居スペース以外にも階段の踊場,駐車場など様々だ。
そして, その他の幽霊の出現はいずれも住居スペースに限られており,しかもその場所はー
「マンションの東側に集中している」
花子さんが手帳を見ながら呟く。
「そうだ。いずれも101〜106, 201〜206号室…というように部屋番号の末尾が1〜6の範囲に集中していた。」
マンションは各階12室あり,部屋番号は東側から順に1〜12に割り振られている。
多くの幽霊が1〜6, すなわちマンションの東側半分に集中していた。
ちなみに,当時取材した山口さんの部屋は404号室だった。
「役所を尋ねて, あのマンションが建つ前の土地の図面を見せてもらった。あの建物の東側半分はもとー」
「一軒家が建っていた…」
今度は太郎が呟いた。
橘が黙って頷く。
「東側半分がある資産家の土地, 西側半分が空き地だった。」
「その資産家の家が火災で消失した…」
花子さんがパフェをつまみながら言った。
「大手TV局がどこまで調べたのか定かでないが, 概ねあの本郷正音の霊視と合致する」
橘が悔しそうに言った。
「どうして橘さんは誰よりも先に幽霊マンションを追っていたのにTVに先を越されたんですか?」
太郎が橘に質問した。
「もちろん記事にしようとしたさ。その矢先にあの事件が起こった。」
「″幽霊騒動で引っ越そうとした家族が事故に遭った″とか?」
花子さんがパフェのスプーンで橘を指しながら言った。
「ご名答。しかも事故にあったのは僕の取材を快く引き受けてくれた山口さん一家だった…。」
その一言に太郎と花子さんは何も言えなかった。
「…さすがに親切にしてくれた人が事故に遭って, 記事にするのは憚れたよ」
橘の言うことは正しかった。
事故に遭った山口さん一家は現在も意識不明の重体だ。
「その事故がきっかけで大手マスコミが一斉にあのマンションに喰らい付いた。そしてー」
「本郷正音が現れた」
花子さんが橘の代わりに続けた。
「今日,僕の頭上に植木鉢が落ちてきて確信した。あのマンションに関わった者は命を狙われる…って」
「…でも,橘さんは真相を突き止めるのを諦めた訳ではないでしょう?」
花子さんが言った。
「もちろんだ。腐っても記者だからね。命を狙われたとしても真実を追求するよ。」
ここまでの話を聞いて,太郎は不安になった。
(自分の身も危ないのでは?それに今日,白い服の女 (仮) にも見られているし…。)
「あのマンションには関わらない方が…」
太郎がそう言いかけたときー
「山口さん一家を事故に遭わせた野郎をぶっとばしてやりましょう!」
花子さんがパフェのクリームを口から飛ばしながら言った。
「気に入った!明日,あのマンションの大家に取材するんだが君達もどうだい?」
「是非ともお願いします」
(自分は建物に入れないくせに勝手に進めるなよ…)
太郎は花子さんを睨んだ。
「ところで,君達の関係性は?恋…人同士でも無さそうだが」
さすが記者だ。痛いトコを突く。
「…あの,こっちは歳の離れた姉で。社会人で独立してるんですけど,夏季休暇で実家に帰省してて。」
太郎は半分嘘をついた。
「なるほどね!仲がいいご姉弟だ」
橘は納得した様子だった。
この男,刑事さながら気になったことはとことん追求する性のようだ。
「最後に,君達に忠告しておこう」
橘が伝票を見ながら言った。
「あの本郷正音には注意した方がいい…。悪い噂が絶えない,裏社会とも繋がりがあるらしい。」
そして一呼吸置いてから
「それじゃ,お先に失礼するよ。お会計は済ませておくからゆっくりしてってくれ。」
そう言って橘は店を後にした。
(続く)




