57ー制圧
リヒトが空に向かって指をピンッと弾いた。すると、丸い光が白く細く尾を引いて上がっていき小さくパンッと弾けた。どうやら合図らしい。
反対側のどこに隠れていたのか、衛兵達が一斉に詰所へ踏み込んだ。そしてリヒト達もだ。
が、リヒト達はすぐ近くの下水路に降りて行った。出入り口が2箇所あるのだろうか?
リヒト、ルシカ、ミーレ、イオスの順に4人が薄暗い下水路を走る。反対側にいた衛兵達が踏み込んだからだろう、前から逃げ出してくる男達がいる。ごろつき連中なのか? 人攫い集団の一味だろう。衛兵の格好はしていない。
先頭を走るリヒトが剣を抜く。シャキーンと暗い中に剣が光る。斬るのか!? と、思いきや剣で叩きのめし次から次へと気絶させていく。余りの速さに、敵は自分に何が起こったのか理解する暇もなかっただろう。それをルシカとイオスが魔法で片っ端からバインドして行く。見事な連携だ。
ミーレは鞭を持っていた。魔法の鞭だ。鞭を握るところ、グリップハンドルと呼ばれる部分だけがありその先は魔力でできていて伸縮自在だ。ミーレは風属性を纏わせ、淡くグリーンに光る魔力でできた鞭を振るう。
リヒトが僅かに取りこぼした者達を鞭で打ち瞬時に気絶させていく。それもイオスがきっちりバインドしていく。
そして出入り口らしい木で出来た扉が見えてきた。
「ミーレ! 一直線でハルに向かえ!」
「はい! リヒト様!」
ミーレが向かってくる輩を鞭で捌きながら1人先に部屋の奥へと向かう。
リヒトが言っていた様に中は広かった。伯爵邸の敷地分位はあるだろうか? そして中にいた人数も多かった。
衛兵の制服を着た者や、ならず者らしき男達40〜50人はいるだろうか? リヒトが叫んで指示を出す。
「衛兵! 無理に奥に行かなくていい! 出口で1人も逃すな! 捕らえろ!!」
――はいッ!!
――了解!!
まるで指揮官だ。リヒトの指示で衛兵達の動きが変わった。皆出口付近で逃げ出す賊達を逃すまいと奮闘している。
同じ衛兵でどうやって見分けているのだろう? 単純だ。踏み込んだ衛兵は頭に布を巻いていた。普段はクラバットの様に首に巻いている物を、まるでバンダナを巻く様に頭に巻いているのだ。お陰で一目瞭然だ。
さすが、リヒト。賢いな。いや、これはルシカのアイデアか?
そして、ミーレがハルの元に到着する。が、動かない。どうしたのか? 驚いている様な表情だ。
ほんの数秒、状況を把握しきれなかったミーレがやっと声を出した。
「どうして……!?」
そう問われて答えたのは、特徴のあるイントネーションで聞き覚えのある声だった。
「あー、バレてしもた」
「あなたがハルを攫ったの!? ネコ!」
ハルが囚われて(寝ている)部屋にいたのは、この領地へ来る途中で助けた猫獣人のネコだった。まだミーレは信じられないという表情をしている。だが、そこにいるのは確かにネコだ。
「なんで!?」
「なんでって、だから自分は孤児で拾われたんや。この人攫い集団の頭にな。自分は奴隷なんや。自分の意思なんかあれへんねん」
「ん〜……うりゅさいなぁ……ふぁ〜」
ああ、ハルが起きてしまった!
「コハル! ハルを守って!」
「はいなのれすー!」
コハルがポンッと亜空間から出てきた。
「え? 何? あー、ネコちゃん!」
ハルがまだ眠そうな目でネコを見つけた。
「ハル! よく聞いて! ハルは攫われたの! お邸でお昼寝している間に攫われたのよ! ネコは人攫いの仲間なのよ!」
「ん……みーりぇ分かった。れもネコちゃん、わりゅいやちゅじゃない」
「ハル! 何言ってんの!?」
「みーりぇ! あぶねー!」
ミーレの背後からごろつきが迫っていた。
「こはりゅ!」
「はいなのれす!」
ハルとコハルが飛び出した。ごろつきを目掛けて高くジャンプした。そして……
「ちゅどーん!」
ハルとコハルのドロップキックが決まった。ちびっ子コンビの必殺技だ。
「ハル! コハル! 有難う!」
「ミーレ! ハルは無事か!?」
リヒトがハルのいる部屋に入ってきた。もう部屋の外は落ち着いた様だ。
「リヒト様! ネコが!」
「りひと、ネコちゃんたしゅけて!」
「おう、ハル。任せとけ!」
そう言ったかと思うとリヒトが視界から消えた……いや、瞬時に動いたんだ。次の瞬間、ネコはリヒトの腕の中で気を失っていた。
ミーレがハルを抱き寄せる。僅かに震えて、もう涙を流している。
「ハル! ごめんなさい! 私が付いていながら!」
「みーりぇ、らいじょぶら。みーりぇ」
「ハル! 良かったわ! ハルがいなくなって目の前が真っ暗になったわよ! 良かった!」
「みーりぇ、泣かないれ」
ハルがミーレに抱き締められながら、ミーレの頭をナデナデしている。
「ほら、もう他も制圧できているだろう。行くぞ」
リヒトが言うようにハルが寝かされていた部屋を出ると衛兵やならず者らしき男達数十人がバインドされて気を失っていた。
「うわ、りひと。何こりぇ?」
「ああ、この街の人攫い集団だ。ルシカ、頭も捕らえたか?」
「はい、リヒト様」
イオスが頭らしき男を連れてきた。
「ありぇ? こいちゅろっかれ見た」
「ああ。領主邸の執事だ」
「うわ、マジ!?」
「そろそろ上にいる衛兵が捕縛に来るだろう。ハル、何ともないか?」
「ん、平気ら。よく寝た」
「アハハハ! そうか!」
リヒト達が制圧した人攫い集団。この領地の獣人や子供達、女達を攫って別の領地にある奴隷商人へ売り捌いていた。ハルも飛び抜けた容姿でしかもエルフだと思われている。高値で売れると思ったらしい。それに、まだ小さいから攫いやすいと。
令嬢を攫ったのは、人攫い集団の頭である領主邸の執事だ。余りにウザすぎると我慢できずに令嬢を攫って売り飛ばそうとしたんだ。
たまたまこの領地から出て、森の中を馬車で移動中にオークの集団に襲われた。
たまたまリヒト達エルフがそのオーク達を壊滅させた。
そしてたまたまエルフに令嬢は助け出された。偶然が重なった事だった。だが、そこからもまだ偶然が重なった。
令嬢を嫌々送り届ける途中で、ネコを拾った。ネコの言っていた仕事とは、攫った人達を馬車で別の街にある奴隷商人へと引き渡す手伝いの事だった。
途中でオークに襲われ、生まれつき持った猫獣人特有の反射神経と運動能力で咄嗟に逃げ出した。しかし大森林から領地までは距離があり、街に戻る途中で食料が尽き行き倒れてしまった。街に続く街道で倒れていたところを、たまたまリヒト達に救われた。
ハルがネコをジッと見ていたのは、身体が光らない様に気をつけながら少しずつ『精霊眼』を使っていたからだ。
だが、身体が光らないように注意しながらだから、詳しい事は見られなかった。
ただ……『奴隷』だと言う事と、何か分からないが精神干渉を受けているという事だけ見る事ができた。
だからハルは気になっていたんだ。ネコちゃんを助けられないかと、ずっと。
読んで頂いてありがとうございます。
ハルちゃん助け出されました。ネコはどうするのでしょう?
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