5ーハル 1
ハルの前世は、20歳の大学生だった。日本では、森生 悠と言った。
日本の地方都市に住み、父親は地方公務員、母親は専業主婦、3歳下の弟がいるごく普通の家族構成。だが、ハル自身はある意味普通ではなかった。
ハルの前世は、髪色と瞳の色こそ日本人の色だが、虹彩にグリーンが入っているのは前世も変わらない。髪色と瞳の色が変わってはいるものの、前世の見た目とそう変わってはいなかった。
ハルはサラサラの髪に、陶器の様な肌。長いまつ毛に少し垂れ目気味のバンビアイ。小さな頃から誰もが振り返る様な可愛い子供だった。
言わずもがな、小さな頃からとんでもなくモテた。構われた。だが、それはハルの望む事ではなかった。とにかく異常に付きまとわれたんだ。
保育園の頃からやたらと絡まれた。園児だけでなく、先生や母親達からも可愛いと言われベタベタとくっつかれた。
「ハルちゃーん! 可愛いわねー! 先生と遊びましょう!」
「らめ! 先生、ハルちゃんはあたちと遊ぶの!」
「あら、ハルちゃん。今日はもう帰るの? おばさんクッキー焼いたの! 食べに来ない?」
そう、周りから言われる度に逃げていた。よく分からないがハルは怖かった。女の子や母親達、それに先生のギラギラとした目がハルには怖かった。
小学生の頃は知らない大人に無理矢理連れ去られかけた。
「君、お母さんが倒れて病院に運ばれたんだ。おじさんが連れて行ってあげよう」
「おやつを買ってあげよう。ゲームの方がいいかな?」
ハルは怖くて走って逃げた。
中学生の頃は、いつも通学途中で複数の女の子に追いかけられた。
「悠くんよ! 来たわ!」
「やだ! あたしが悠くんと行くのよ!」
「何よ! あたしよ!」
もう、やめてくれ……放っておいてくれ。
高校生の頃は、帰りに待ち伏せをされ付き合ってくれないなら死ぬとナイフを持ち出された。
「悠くん、私と付き合って! つき合ってくれないと私死ぬから!」
ナイフを出されてそんな事を言われてつき合う訳ないだろう……
大学生の頃は、無理矢理胸を押しつけられ押し倒された。ストーカーにもつけ回された。
「ねえ、悠くん。私といい事しましょう! 既成事実を作ってしまえば私のものよ!」
「ああ……悠くん! なんてカッコいいの! 私が1番悠くんの事を知ってるのよ!」
当然、同性からは妬まれた。嫉妬された。仲間はずれにされたし、イジメられもした。それが、幼い頃から続いたんだ。
もう、ウンザリだった。ハルはそれどころじゃなかったんだ。
何故なら、ハルは生まれつき身体が弱かった。小さな頃からとにかく身体が怠かった。普通に歩くのも苦痛だった。保育園も小学校も休みがちで中学生の時にはとうとう入院した。
「原因は不明なのです。私もこの様な症状は初めてです。とにかく、内臓が弱っています。生まれつき、ウイルスや、細菌に対する抵抗力が弱いのだと思われます。ただの風邪でも命に関わるかも知れません。気をつけて生活するしかありませんね。取り敢えず、お薬を出しておきましょう。体調が少しでも悪いと感じたら早めに飲んでください」
主治医の先生にそう言われた。
成長すると共に、熱を出す事は少なくなっていったが、大学に入っても季節が変わる毎に熱を出していた。
それでもハルは普通以上に何でも出来た。勉強や運動だって、少しの努力で普通以上にできた。学校は休みがちなのに、一流と言われる大学にも合格した。
ハルとは全く似ていない母親似の弟は、そんなハルに対抗してきたが結局ハルには敵わなかった。
それが気に食わなかったのか、ハルとは話さなくなった。ハルという存在を無視する様になったんだ。
父は地方公務員でも、外に愛人のいる人だった。滅多に家には帰ってこない。愛人との家庭が別にあったのだ。
だから、母親は常にヒステリックだった。その矛先が父親の家系似だったハルに向けられた。
「悠のその目、気持ち悪い!」
そう……母親にいつも、ハルの瞳が気持ち悪いと言われた。
父親の瞳の虹彩にはグリーンはなく、日本人のごく普通の瞳だった。ハルは父親に似たのではない。父方の祖父母に似ていたんだ。それは、見た目も能力も瞳の虹彩までも。
要するに、帰ってこない父親の代わりにハルに当たり散らしていた母だった。
「どうして今日は電車1本遅れたの!?」
「今日のテストはどうして100点じゃなかったの!?」
「隠れて遊んでるんじゃないでしょうね!」
「その気持ち悪い目でみないで!」
「お義父さんとお義母さんそっくりのその顔が大嫌いだわ!」
「あんたのせいでお父さんは帰ってこないのよ!」
「私は母親なのよ! 私の言う事をきいていればいいのよ!」
「私がいるのにどうして!!」
ハルを常に監視し、頭から叱りつけ管理し、父の代わりに縛ろうとした。それは決して愛情からではないとハルは感じていた。だって母親も不倫をしている事にハルは気付いていたから。
とにかく、何もかもが苦しかった。
そんなハルにも1つだけ逃げ場があった。父親の両親、ハルの祖父母だ。
「ハル、どうした? また何か言われたのか?」
「あらあら、ハルちゃん。大丈夫よ」
ハルには優しい2人だった。息子であるハルの父親とは反りが合わなかった。
祖父母は2人共、何でも出来る人だった。両親が優秀過ぎるという事は子供にとっては居心地が悪いものなのかも知れない。