49ー令嬢の両親
「お前さぁ、マジでちゃんと食べさせてもらえないなら俺達と来るか? 飯位は腹一杯食わせてやれるぞ」
「ありがとーな! 地獄で仏に会うとはこの事やな」
「ああ? なんだって?」
「なんでもないわ、自分も寝るわ」
そう言うと、ネコは尻尾を丸めてコロンと寝転んだ。
少し、複雑そうなリヒト達。ついさっき拾った猫獣人なのに、リヒト達は人が良すぎる。一応、まだちびっ子だからか?
しかし、こんな小さな猫獣人が街から大森林まで行く仕事なんて何なんだ?
翌日、朝から少し走ると街が見えてきた。先に国から知らせを出していたせいか、街の入り口に兵が何人か見える。多分、領主の兵だろう。
「兄さん、自分ここでいいで! あれ、兄さん達を待ってんやろ? 自分は別に並んで入らなあかんからさ」
そう言ってネコはピョンと馬車の御者台から飛び降りた。さすが、猫獣人。身軽だ。
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ! ありがとーなー!」
ネコは手を振りながら走って行った。
「あー! ネコちゃーん! ばいばーい! またなー!」
ハルが手を振っている。
「ハル、気に入ったのか?」
「え? いや、猫好きらし」
「アハハハ! なんだそれ!?」
街の門近くまで行くと、兵たちの中から近付いてくる者がいた。
「失礼致します! エルヒューレ皇国の方でしょうか?」
「ああ、そうだ。アリストク伯爵令嬢を保護し送り届けにきた」
「感謝致します! 我々はアリストク伯爵領の衛兵です! エレーヌ様は馬車ですか?」
「ああ、そうだ」
「どうぞそのままお通り下さい。ご案内致します」
兵達はリヒト達を先導した。入り口に並んでいる人達を横目に別の入り口へと向かう。
「リヒト様、ハルのフードを」
「ああ、ミーレ。すまん、忘れてた」
そう言いながらリヒトはハルにフードを被せる。もう今更遅いような気もするが。
それよりも、リヒトやルシカ、ミーレにイオスの容姿が目を引いている。さすがエルフだ。国にいる時は別段なんとも思わないが、別の国に来るとやはり思う。エルフの見目の良さは抜きん出ている。
周りがリヒト達に注目する中、遠くからネコが見ていた。
街の入り口を入りそのまま街の奥へと先導される。中央に向かい暫く行くと一際立派な邸が見えてきた。領主であるアリストク伯爵邸だろう。
仰々しい門を潜ると先触れがあったのか、邸の入り口前に並ぶ使用人達の中央に領主らしき姿があった。その前で先導の兵達は止まり横に捌ける。
リヒト達が馬から降り、イオスが馬車のドアを開け令嬢が降りてきた。
「お父様! お母様!」
「エレーヌ! 無事で良かった! 良かった!」
まあ、感動の再会だ。リヒト達にとってはやっとお荷物を下ろせた安堵感があるだけで、令嬢がとんでもなかった為に感動など微塵も感じられない。
使用人達にも何故か複雑で微妙な空気が流れている。何故だ? もしや、家でも問題児だったのか?
「失礼致しました。私はこれの父親でこの地を治めておりますアーベル・アリストクと申します。娘を助けて頂き誠に有難うございます」
おや、父親はまともそうだが……?
「私はリヒト・シュテラリール。エルヒューレ皇国の皇族だ。我が国の第1皇子殿下から文を預かっている」
リヒトが早速第1皇子から預かった手紙を差し出す。一刻も早く立ち去りたい様だ。
「これは! 皇族の方に送っていただくとは! 誠に恐れ多い事でございます! どうか、お入り下さい。お休み頂ける様、部屋もご用意しております! さあ、どうぞ!」
「いや、令嬢を送ってきただけなのだ。私達はここで……」
「何を仰います! お礼をさせては下さいませんか! さあ、どうか邸へ!」
「では、少しだけ」
「さあ! どうぞ、どうぞ!」
リヒトがイオスに目配せをする。イオスがそっとその場を離れた。
ハルはと言うと、街へ入るとキョロキョロし、領主邸に入るとキョトンとしていた。リヒトにずっと抱っこされたままだ。
ハルを抱っこした状態のリヒトにアリストク伯爵はさっきの挨拶をしていた訳だ。キョトンとしているハルが目に入っていないのだろうか?
執事に案内され、リヒト達は邸の応接室に通された。メイドがお茶を出してくれる。メイド達は皆リヒト達の見た目にソワソワしている。
暫く待たされ、伯爵と夫人が部屋に入ってきた。途端に……
「此度は娘が大変ご迷惑をお掛けし申し訳ございません! なんとお詫びして良いのか!」
と、2人して土下座した。さすが、令嬢の両親だ。土下座は親譲りだったのか。
「そんな事はないとは言い難く。本当に面倒を掛けられた。保護した手前、送り届けない訳にもいかず。しかし、それもまた大変だった」
おや、リヒト。結構言っちゃったね。まあ、本当に大変だったもんね。仕方がない。
「何て言い方をなさるのですか!? 娘が何をしたというのですか!? 歴とした伯爵令嬢なのですよ! 失礼じゃありませんか!」
夫人が立ち上がっていきなり文句を言い出した。ああ、あの令嬢は母親似だったのか……
「これ! お前は控えていなさい!」
「ですが!」
「誰か、連れて行きなさい」
「あなた! どうしてですか!」
執事らしき男性が2人掛りで夫人を部屋から連れ出した。