199ー大公冷や汗をかく
「此度のご依頼についてご報告をと思いましてな。罷り越しましたぞ」
長老は堂々としている。太々しささえも伺える。
「だからと言って突然……!?」
「いや、良い。騒ぐでないぞ」
大公が側近に釘を刺す。
「大公閣下、お話が分かる方で助かりますな」
「長老殿、此度は失礼なお願いをして大変申し訳なく思っております」
「そうですか。思って下さいますかな?」
「はい、本当に大変申し訳ない」
大公は頭を下げた。
「大公様!」
「騒ぐでないと言った」
「……申し訳ございません」
長老は警戒している側近を気にもせず、話を続ける。
「ご依頼の件、確かにやり終えましたぞ」
「もうですか!?」
「ハッハッハ、エルフ族ですからな。被害にあった民達は全員無事ですぞ。池や井戸もしっかり解毒と浄化をすませました」
「長老殿、辱い! 感謝致します!」
「それで少々気になる事がありましてな」
「気になる事ですか?」
長老は6層目に入ってから、5層目に入ってもずっと後をつけられていた事。目撃証言の事を大公に話した。
「まさかとは思いますが、我々を監視なさっていたなどと言う事はありませんかな?」
「とんでもない。入国されたと報告はありましたが、それだけですから」
「なるほど」
「長老殿、その目撃された黒マントの人物が毒クラゲを我が国に持って来たと見て良いのですかな?」
「そう決めつけるのはまだ少々早計かと思われますが……しかし、おそらくそうではないかと」
「一体、どうして……」
「何か規則性があれば分かりやすいのですが、どうも無作為にクラゲを放っている様で」
「はい」
「6層目は1番外側です。入ってすぐに手短な池に入れたという印象を受けました」
「目的が分かり兼ねます。どう防げば良いのか……」
「不審者が入らない様、目を光らせるしかないでしょう。今回、黒のマントを着た者が目撃されておりますが、今後もそうとは限りません。また、次があるのかも分かりません」
「……」
「国に対して恨みがあるのかと思っておりましたが、獣人族の街には被害がありません。と、いう事はヒューマン族への恨みかと思われます。が、それも今のところ推測の域を出ません」
「ヒューマン族に……」
「先日の我が妻への件もあります。1度、中枢におられるヒューマン族の者を洗い直してみられるのも良いかと」
「……」
「で、今日お伺いしたのはこれをお渡ししておこうと思いまして……」
長老が懐からロケットペンダントの様な魔道具を出す。ニークに渡した物とよく似ている。
「その魔道具を握って魔力を込めて下さい。真ん中に魔石がありますでしょう。それが赤くなると魔力は満タンです。満タンで約15分程話せます。魔力を流しながらでも話せます」
「話せるとは……?」
「ああ、言い忘れておりました。エルヒューレにいるワシと話せます。それと対の物をワシが持っております」
「なんと……!?」
「失礼ながら、大公閣下は獣人族の中ではまあまあ魔力をお持ちの様でしたのでな」
「生活魔法程度ですが」
「ヒューマン族はそれさえも難しい」
「確かにそうですが……」
「その魔道具をお渡ししておきますので、急な場合はそちらでご連絡頂ければと思います。お分かり頂けますか? エルフ族はヒューマン族より獣人族の閣下を信用すると言う事です」
「それは……心強い有難い事ですが……どうして私を……?」
「我が妻が巻き込まれた事件の際に差配なさっているのを拝見してそう思いました。なかなかご苦労されている様だと言う事も」
「はぁ、頭が固い者もおりますので。それに、既にお分かりでしょうが獣人に対しての差別意識も根強く残っております」
「ええ、馬鹿らしい事です。エルフ族は差別をしません。が、ヒューマン族を信じてもおりません」
「それは……奥方の事件で?」
「それもあります。が、昔の話になりますがハイヒューマンを絶滅に追いやった件です。エルフは長命種です。そこのリヒトでも若造に見えますが、200年以上生きております。ワシは2000年以上です。ですので、ヒューマン族の様に、昔の事だと忘れたりはできんのです。あの時、ヒューマン族は我々エルフ族も裏切っております」
「……想像もできない……エルフ族の方々には敵いません。魔力も高い、身体能力だってそうです。我々獣人も身体能力は高い方ですが、それでもエルフ族の方々に到底敵いません。ドラゴシオン王国だけでなく、エルヒューレ皇国とも友好を結ぶ方が平和的なのは分かりきっている事だ。なのにそれを……」
「ご心痛お察し致しますぞ」
「ありがとうございます」
「我々は貴方のお力になります。いつでも頼って下さい。皇帝陛下も是認されております」
「感謝致します。お気持ちを裏切らないとお約束致します」
「そうして頂けると有難いですな。では、我々はこれで失礼致します」
そう話すと長老達の姿は光と共に消えた。大公は大きく息を吐き、椅子の背もたれに身体を預けた。そして、手で目を覆っている。
「大公様、宜しいのですか?」
「何がだ?」
「この様な勝手を許されて」
「何を言う。分からんのか? 間違った事をすれば、いつでもエルフは我々の首を取れると言われている様なもんだ。実際、簡単にできるのだろう。それを、そうせずに今回の事も我々を許して任せて下さるんだ。ヒューマン族はドラゴンドラゴンと怖がるが、私はエルフ族だって大きな脅威だと思っているよ」
「大公様……」
「冷や汗が流れたよ……まだ手が震えている……」
長老と大公、どちらが偉いのか分からない。
「長老! 頼みますよ! 言っといて下さいよ!」
「なんだ、リヒト」
ニークの家に戻ってきたリヒトも冷や汗ものだった。まさか、いきなり大公の執務室まで転移するとは思いもしなかったからだ。当然だ。普通はそんな事をしない。
だが、長老は前回のアヴィー先生が巻き込まれた事件の事を怒っている。今回のヒューマン族の議員の言い草もだ。
単純に、それが人にものを頼む態度か? て、話だ。
「少しは脅しになっただろう」
「脅しどころか……」
「手が震えておられましたよ……」
「アハハハ! 愉快だ。さて、ハルはお利口にしていたかのう」
曽孫が大好きな曽祖父の顔に戻った長老。怒らせたら鬼怖い。
大胆な長老でした。
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