194ー5層目
「念の為、街の人達にも確認したんだ。他に毒で苦しんでいる人がいないかな」
リヒト達が池で解毒と浄化をしているところを、複数の領民達が見に来ていたらしい。リヒトやルシカ、イオスが手分けをしてその領民達に確認したそうだ。
領主はいち早く事態を確認し、毒に侵されている人は領主邸に連れて来る様に指示を出していた。そして、絶対に池に近寄らない様にと触れ回っていた。それが功を奏し、被害は最初の人達だけで済んだ。最小限で済んだんだ。
「その話だけだと、良い領主じゃねーか」
「長老、実際に良い領主みたいだ。領民からも慕われている。そう悪く言う領民はいなかった」
「そうなのか」
「ああ。領民に近い領主、て感じだな。毒に侵された人達を集めるのも、自分で先頭を切って声を掛けながら動いていたそうだ」
この領地はアンスティノス大公国の公都から遠く離れた6層目にある。1番外側だ。遠くの大公より近くの領主と言った感じなのだろうか。多分、それは領主も同じだろう。遠くの貴族より近くの領民。
中央にのし上がろうと言う野心が無ければ、領民を大事に平和に領地を経営する方が良いのだろう。そんな領主ばかりではないだろうが。
「けろ、なんれその池に毒クラゲがいたんら?」
「ハル、それなんだよ」
リヒトはその聞き込みもしていた。ヨシを刈る以前に不審な人物を見なったかどうかだ。
しかし、なにしろ池だ。夜になると誰も近付かない為、昼間に不審者を見なくても夜にクラゲを池に投げ込まれたら誰も気付かない。公都から1番遠い端の領地と言う事は、それだけ田舎とも言える。
確実に誰かの人の手によるものだろうと分かっていても、全く証拠がない。その誰かは毒に侵されなかったのだろうか? また、一体どうやってクラゲを運んで来たのか? 分からない事だらけだ。
「今日、治療した人達の中に知らない人って紛れていなかったのかしら?」
「シュシュ、どう言う事だ?」
「え? もしもよ、もしも……クラゲを運んで来た人も毒に侵されたとしたら紛れ込んでいないのかしらと思ったのよ」
「確かに……その線もあるか。ルシカ、イオス」
「はい、確認してきます」
「了解」
「もう逃げちゃっているかも知れないけど」
確かに、そうだ。だが……
「リヒト様、確認しましたけど見慣れない人はいなかったそうです」
「こっちもです。皆、一緒にヨシを刈っていた人達だそうです」
そううまくはいかないらしい。
「色々、疑問は残るが次に行かないといかん」
「ええ、長老。明日出立しましょう」
その日の夕食は領主邸でご馳走になった。
「此度は本当にありがとうございました。議員の中には反対している者もいるそうですが、自分達に被害がないからそんな悠長な事を言っていられるのです。どうか皆様、民達を助けて下さい! お願い致します!」
領主はそう言うとガバッと頭を下げた。なかなか熱い領主だ。
「もちろんです。我々は出来る事を精一杯致しますよ」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
そして、翌日リヒト達は出立して行った。
「ありぇりゃな。ヒューマンれもあんな領主がいりゅんらな」
「そうだな。ちゃんと領民の事を考えていたな」
「ん、わりゅいやちゅじゃないな」
お、久しぶりに出た。ハルちゃんの『わりゅいやちゅじゃないな』
さて、一行は5層目に向かう。
5層目の街でもクラゲ被害があった。
「リヒト、どこか物陰へ」
「長老、分かった」
「じーちゃん、転移か?」
「ああ。5層目の入り口近くなら分かるからな」
長老の転移で5層目入り口近くまでやってきた一行。入り口を入る。皆、用心してフードを深く被っている。守衛がじっと見ている。嫌な感じがする。
「ちょっとお待ち下さい」
ああ、やはり止められた。
「あの、失礼ですがエルヒューレ皇国の方々でしょうか?」
また、小声で聞いてきた。
「そうだが?」
「失礼致しました! 領主邸までご案内致します! こんなに早く来て頂けるとは! 感謝致します!」
おや? おやおやぁ?
「6層目から連絡は来ておりました! お待ちしておりました!」
これは……どうやら、政治の中枢と民間の間には差があるらしい。それだけ被害にあった人達は困っているという事なのだろう。
「助かる」
堂々と衛兵に先導されて領主邸へ向かう。道中、民達が馬で進むリヒト達に道を開け頭を下げている者もいる。ここでも、民達には知られているらしい。内密にも何もあったもんじゃない。
領主邸へ着くと、やはりまた領主が直々に出迎える。
「お待ちしておりました! 此度はこの様な事をお引き受け頂き心から感謝致します! どうか、民達をお助け下さい!」
「もちろんです。我々にできる事は精一杯させて頂きます」
「ありがとうございます!」
お互い、其々に紹介する。
「早速ですが、毒に侵された方々を集めて下さっていますか?」
「はい! もちろんでございます! ご案内致します!」
この領主も、邸の広間にベッドを並べて毒に侵された領民を集めていた。
「ハル、早速するぞ」
「ん、よし!」
「アンチドーテ」
「あんちどーて」
「ピュリフィケーション」
「ぴゅりふぃけーしょん」
2人が詠唱した瞬間に、白いヴェールが広間全体に降りてくる。
「おお! なんと! 素晴らしい!」
この領主も悪い奴じゃないみたいだよ、ハルさん。
「エリアヒール」
とどめでリヒトのエリアヒールだ。
「ルシカ、ポーションを頼む」
「はい、リヒト様」
ルシカが近くにいた従者らしき人物にポーションを渡している。
「さて、クラゲがいた現場はどうなっていますか?」
「それが、何しろ井戸だったもので全て退治できているのかどうか分からないのです」
「分かりました。では、どなたか案内して頂けますか?」
「はい! 私がご案内致します!」
「私の従者です。何なりと申し付け下さい」
「宜しく頼みます」
領主の従者に案内されてやって来たのは街外れにある1つの井戸だった。
「いかんな、まだいるな」
「じーちゃん、結構いりゅじょ」
「とにかく出すぞ。あ、従者の方は離れていて下さい」
「は、はい! 宜しくお願いします!」
従者が離れた。リヒトがクラゲを外に出すらしい。
「ハル、出すぞ!」
「おー!」
「ハル、覚えとるか? 魔法が使えるんだぞ」
「あ、じーちゃんしょうらった」
ハルさん、踏み潰す気満々だったよね。しっかり屈伸していたもんね。
「こはりゅ」
「はいなのれす!」
「ハル、やるぞ!」
「おー!」
「やるなのれす!」
リヒトが詠唱して風属性魔法で小さな竜巻を作る。そのまま井戸に入って行き、次の瞬間クラゲがバラバラと出てきた。
「ういんろかったー」
ハルとコハルがクラゲを斬りまくる。
「いいか? 焼くぞ」
「りひと、1個持って帰んねーちょ! かーしゃまが言ってた!」
「おう、忘れてた」
リヒトがそこに細切れになっているクラゲをいくつか瓶に入れる。
「フレアー」
リヒトがクラゲを超高熱の炎で焼き尽くしていく。
「長老」
「ああ、もういないな」
「よし、ハル。浄化すんぞ」
「おー」
「アンチドーテ」
「あんちどーて」
「ピュリフィケーション」
「ぴゅりふぃけーしょん」
辺り一面に白いヴェールが降りて行く。
「みっちょんこんぴゅりーちょ」
「アハハハ! 久しぶりに聞いたな、それ」
とにかく、全ての解毒と浄化が終わった。
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