167ーカエデの手本は?
壁画を確認し、イレギュラーも無く無事に北のベースへと戻った一行。皆で昼食を食べている。
「そうだ。リヒトが考案した書類だけど、あれは良いな」
「あ? 何だ?」
「あれだよ。決まったフォームを予め作って配布しておく申請書だ」
ノルテが言っているのは、もしかしてそれはハルが考案したものではないか?
「あ? ああ」
「なんだよ。褒めてんだぞ。あれは見やすくていい。確認する手間が半分になった」
ハルは素知らぬ顔をして食べている。
「りゅしか、うめーな」
「はい。美味しいですね。お肉も柔らかい」
「ん。肉はやっぱうしゃぎが1番美味いけろな」
「ハルちゃんはヒュージラビットのお肉が大好きやなぁ」
「らって、かえれ。美味いらろ?」
「うん。あれは美味しいわ」
ハルさん、平和だ。
「実は、あのフォームはハルが考えたんだ」
「何?」
「だから、ハルなんだよ。考案者はハルだ」
「そうなのか? リヒト、お前ハルにまで面倒掛けてんのか?」
「なんでだよ!」
「そりゃそうだろう。あれを作れると言う事は申請書を理解していないと無理だろう? お前、ちびっ子に仕事手伝ってもらってんのか?」
「もらってねーよ!」
「いくらなんでも、それはないよな」
「ああ、もちろんだ」
「ハル、いつもリヒトが世話掛けるな」
「ん? のりゅてしゃん、平気ら。どーってことねー」
あらら。ハルさんそう答えちゃう?
「リヒト……」
「いや、世話してもらってねーし!」
「ん、してねー。おりぇがりひとに世話になってんら」
「ハルは良い子だなぁ」
「だから何でそうなる!」
「良い子だろうが」
「それはそうだけども! 俺は世話してもらってねーぞ!」
「しょうら。ちょっと早くしりょとか言う位ら。りひとは書類仕事が嫌いらかりゃな」
ああ、ハルさん。言ってしまった。
「リヒト……」
「いや、ちゃんとしてるし」
「ルシカ、頼むぞ」
「はい、ノルテ様。大丈夫ですよ。ハルも協力してくれますし」
ああ、ルシカまで言ってしまった。
「アハハハ! リヒト、ボロボロじゃねーか」
「長老、マジ笑い事じゃない」
リヒトはイケてる枠の筈なんだ。ハイスペでイケメン枠なんだ。頑張ってほしい。
ハルが眠くなる前に一行はリヒトが管理するベースに長老の転移で戻ってきた。長老はまた城にとんぼ返りだ。
ハルはコテンとお昼寝中。今回もユニコーンが活躍してくれている。丸1日で北のベースに着けるのも、飛んで行けるからだ。
大森林の中を走って移動するとなると、魔物も出てくる。倍以上の時間がかかる。今回は北のベースだったからと言う事もある。お隣のベースで1番近い。
次は北西のベースだ。管理者のリレイとはツヴェルカーン王国へ行く際に会った事がある。北のベースに行くよりも倍の時間が掛かる。
長老が言っていた様にさっさと終わらせてしまいたいものだ。
翌日、ハルはベースの中を走っていた。
「ハルちゃん、待ってや」
「かえれ、いくじょ!」
タッタッタッタと小さな身体でベースの1階を走って行く。ベースの裏庭に出るとイオスが待っていた。
「ハル、どうした?」
「今日はおりぇもかえれと訓練しゅりゅんら」
「え? ハルもやるのか?」
「ん!」
ハルちゃん腰に子供用の木剣を刺してやる気だ。どうだ! と言わんばかりに、腰に手をやり胸を張っている。
「マジかよ。カエデと打ち合いすんのか?」
「しゅるじょ!」
「えー、相手になんねーって」
「しょんな事ない。かえれも強くなった!」
「お、おう」
「イオス兄さん、ハルちゃん止めてや!」
「いいんじゃねーか?」
「無理やって!」
「偶には俺以外とするのもいいさ」
「マジかー!」
そんな訳で、ハルvsカエデだ。
「とぉッ!」
ハルが正面からカエデに向かって行く。ハルの小さな身体ごと全体重をかけて切り付けた。
――カン!
受けるカエデ。木剣同士がぶつかり合い大きな音を立てた。
「ハルちゃん! 手加減なしやんか!」
「当たり前ら!」
「えいッ!」
カエデがハルに振りかぶるが、既にハルの姿がそこにはない。
「えッ!?」
「かえれ、甘い!」
カエデの頭上からハルが思い切り木剣を振り下ろした。
――カンッ!
「クッ!」
「お、止めた。カエデよく反応したなぁ」
「クソッ! やぁ!」
カエデが負けじとハルに切り付ける。
「おしょい!」
ハルがヒョイと避けカエデの足元を狙って横に払う。
「うわッ!」
カエデが尻餅をついてしまった。そこにハルが木剣を突きつける。
「ハルちゃん、すばしっこいわ!」
「ハルの勝ちだな」
「かえれ、強くなった」
「なんでやねん。全然あかんかったやん」
「ちゃんと見えてりゅ」
「そうだな」
ハルには敵わなかったが、カエデはハルの動きを追えていた。以前のカエデだと、それさえも無理だっただろう。
「ハル、何してんだ?」
「じーちゃん!」
「長老、ハルちゃんが相手してくれててん。全然敵えへんかったわ」
「アハハハ、カエデの相手をしていたのか。ハルは早いだろう?」
「早い! 目で追うので精一杯や」
「どうして早く動いているのか分かるか?」
「え? 単純にハルちゃんの身体能力がじゃないん?」
「かえれ、ちがう」
「そうだな。カエデもそうだが、ハルはまだちびっ子だ。力がない。正面から打っても大人相手だと力負けする」
「あ! だから早さなんか!?」
「そうだ。カエデも出来る筈だ。参考になっただろう?」
「うん、ハルちゃんそれを教えてくれたんか?」
「ん、しょんな感じら。いおしゅと同じ事してもらめ。勝てない。いおしゅは大人らし強い」
「それに対抗するには、相手より自分が勝る何かを考えないといかん」
「そうなんや。ハルちゃん勉強になったわ」
「ん」
「アハハハ、ハルは強いからな」
「ほんま、強いわ」
ハルちゃんは思いつきでした事かも知れない。だが、カエデの良い手本になったのなら良かった。