16ーリヒトの仕事
「ハル、来週あたりにエルフの国へ向かおうと思う」
「おー」
「お前、そんだけか? そっけないな」
ルシカが昼食をのせたトレイを持ってやって来た。
「お待たせしました。はい、どうぞ召し上がれ……おや? どうしました?」
「りゅしか、りひとがうじぇー」
「アハハハ。ハル、それは今に始まった事ではありませんね」
もっともだと納得するハル。
「ハル、切り分けましょうか?」
「ありがちょ、れもいい。自分れしゅりゅ」
「はい、お利口ですね」
ハルは、その小さな手には大きすぎるナイフとフォークで既に角兎の肉を切り始めている。
コハルはもう食べ始めている。沢山詰め込んでいるのか、ほっぺがぷっくりと膨れている。
「ルシカ、俺のは?」
「はい。すぐに持ってきますね。で、リヒト様。話したのですか?」
「あ? ああ、来週あたりってな」
「それだけですか?」
「他に何て言うんだよ」
「ハァ〜……リヒト様、ヘタレですか?」
それだけ言って、ルシカはまた厨房に戻って行った。
「うまうまッ!」
「ピルルル!」
ハルとコハルはもう食べる事に夢中だ。
こんがりと焼き目のついた角兎の肉にフレッシュトマトを荒く刻んだトマトソースをかけてある。バジルの香りがほんのり香って食欲をそそる。
また直ぐにルシカがやってきた。今度はリヒトと自分の分の食事を持って。
それにしても……エルフって肉も食べるのか。野菜しか食べないイメージがあったが。
「森の恵みに感謝していただきましょう、リヒト様」
「お、おう」
ほう、肉も森の恵みだと言う事ですか。なるほどなるほど。
「ハル、美味しいですか?」
「おぅ、りゅしかの飯は最高ら」
そうだろう。さっきから大きな口を開けて無心で食べているからな。ぷくぷくのほっぺにソースがついているが。
「ハル、来週ですが……」
「ん、しゃっき聞いた」
「エルフの国までユニコーンで出来るだけ飛んで行きます。長時間飛ぶのはユニコーンに負担がかかるので様子を見て走ります。ハルはリヒト様に乗せてもらってください。私とミーレがついて行きます」
「りゅしか、国まれ遠いのか?」
「ずっと飛んで急げば1日半程で到着しますが、ハルは初めてですしまだ小さいので無理せずゆっくり行きます。急いでいる訳でもありませんしね。それでもユニコーンだと3日位で着けると思いますよ」
「しょっか」
「しかし、2晩は野営する事になります」
「おー」
「ハル、大丈夫ですか? 怖くないですか?」
「りゅしか、怖いもなんも分かんねー」
「そうですね。大丈夫です。私たちがいますから。ハルもコハルも強いですしね」
「おぅ」
あまり気にしてない様子のハル。それよりも食事に夢中だ。
「ルシカ、今日も超美味いな!」
リヒト、本当に大丈夫か? ハルよりリヒトの方が心配だ。
「リヒト様、出来るだけ書類を片付けておいて下さいよ。後に残る者が大変なんですから」
「あー、分かってるって」
いや、絶対に分かってないぞ。と、言いたげな目でハルは見ている。
「ハル、分かってるぞ?」
「あのしゃ、ここんちょこ見てて思ったんらけろな。バリャバリャらからやりにくいんらよ。ふぉーむを決めりぇばいいんら」
「フォームですか?」
「うん、りゅしか。何種類か内容によって決めちょくんら。そこに決まった事を記入してもりゃう。そしたりゃ、見やしゅいしチェックもしやしゅい」
大きなフォークをしっかり握ってほっぺにソースをつけているのに、真面目な事を言っている。ついでに、口の周りもベトベトだ。
「なるほど。例えば道案内ならいつから何人で何処まで、とか記入の仕方と内容を決めておくという事ですね?」
ルシカが話しながらハルのほっぺと口周りを拭いている。
「ん……しょう。みんな、ばりゃばりゃにいりょんな事を書いてくりゅから見にくいんら」
「え……何で今まで気付かなかった?」
「リヒト様、あなたでしょう?」
「いや、俺が引き継いだ時からそうだったもんよ。そういうもんだと思うじゃんか」
「思わないからハルが言ってくれているのでは?」
「え……そうか?」
「そうですね。午後から考えましょう」
「ああ、そうだな」
ちびっ子にアドバイスされているってどうなんだ?
「クククククル」
「こはりゅ、満腹?」
いつの間にか、コハルの皿が綺麗に空になっている。
「ピルルル」
「ハハハ、りひとは仕方ねーよ」
「あ? 今コハルと俺の悪口言ったか?」
「ピルルル」
「りひと、やっぱおばか?」
「なんでだよ!」
「アハハハ」
「ピルルル」
ちびっ子と子リスに揶揄われている225歳。いけてない。確か、ハイリョースエルフは頭脳もエルフの中では1番のはずだったが?
だが、ハルはよく笑うようになっている。良い事だ。
「なるほど、これはいいですね」
「ふふん」
ハルが提案したように書類のテンプレートを作ってみて、ルシカが感心している。
当然ハルは自慢気だ。
「これを予め沢山作っておいて要所要所に配布しておきましょう。もちろん、カウンターにも備付けておきましょう。ね、リヒト様」
「ああ、そうだな。要望書がある奴は、この書類と一緒に出してもらおう」
「そうしましょう。これが決定稿でいいですか?」
「まて、ルシカ。最後にサインが必要だろ」
「ああ、そうでしたね」
「各国のギルドに配っておくか」
「ええ。それが良いですね」
「クエストならギルド長のサインも欲しいな」
「もちろんです」
「そうすれば、嫌でもギルド長のチェックが入るから低ランクの者は少なくなるだろうしな」
黙って聞いているハル。低ランクだと駄目なのか? と、不思議そうだ。