異世界にきてしまった
「貴様、何者だ」
冷たい声に身体が震える。
首筋にヒヤリとしたものが当たる感覚がする。
人間本当に危険な時には声が出ないものなんだなと冷静に思えた。
ことは3時間ほど前におよぶーー
高校を卒業した私、高津朱里は家が貧乏だったためすぐに働き始めた。
冷凍食品工場での勤務だったが、毎日5時に起き23時過ぎまで働き古びた寮で眠る、いわばブラック企業だった。
小さな頃から音楽が大好きだった私は、休日は児童館へ行きピアノを弾いたり、河原で歌を歌った。
辛くても音楽があればどんなことでも乗り越えられた。
工場での勤務も5年がたち、23歳になったある日から私は過労により、頭痛や身体のだるさに襲われるようになった。
そして25歳の夏、頭痛で目が霞むなか仕事をしていたら、倒れてくるダンボールの山に気づかず、食品の山に埋もれて死んだ。
はずだったのに!
目が覚めたら河原に居たのだ。
ーーここは? いつもの河原?
いつもよりも静かで、川の水も綺麗に感じた。
恐る恐る水面に近づくと、バシャバシャと大きな水しぶきが聞こえてきた。
「すごい水しぶき、大きな魚? いや...、違う!! 人だ!!」
小さな子供の手が見えた途端すぐに川に駆け出した。
「大丈夫!? こっちに! 捕まって!」
幸い浅瀬だったため、なんとか手を掴み、沖まで連れてこれた。綺麗な茶髪の小さな女の子だった。
水を飲んだりはしていなかったようだが、びっくりしたみたいでわんわん泣いていた。
私にとっては膝上くらいの水位でも子供にとっては深い、どれほど怖かっただろう。
「もう大丈夫よ! 怖かったよね、もう大丈夫よ」
冷たい体をあっためるように抱きしめた。
しばらくそうしていたら、女の子は泣き止んでくりくりの目で私を見た。
え、天使!?
あまりにかわいすぎて天使かと思ってしまった。
「おねえちゃん、ありがとう……! 私はリリー。ねえちゃんは? だあれ?」
「私は高津朱里。森短製菓の工場に務めてるの。……ねえリリーちゃん、ここがどこだか分かる?」
リリーちゃんは私の服が気になるのか引っ張りながら答えてくれた。
「ここはさくら島のアイサル川よ! おねえちゃんの服おもしろーい! おねえちゃんってお外の島の人なの〜?」
さっきまで溺れていたのが嘘かのように、ケラケラ笑ってるリリーちゃんの言葉を反復する。
ん? 桜島って? アイサル川なんて聞いた事ないけど
よく見るとリリーちゃんは袴のような物を着ており、まるでチャイナドレスのような模様がついていた。
なんだろう、写真でも撮ってたのかな。それともこういうコスプレが流行ってるとか?
「桜島って東京よね? 私、お家へ帰らなきゃ行けないんだけども、この辺り駅とかってあるかな?」
「とうきょうってなーに? よく分からないけど、ここはさくら島よ! 駅はすぐそこにあって、1日2回、じんりきしゃがくるよ」
「人力車!?」
そんなことも知らないのー? 変なのーと相変わらずケラケラ笑ってる。
リリーちゃんの言葉に息が詰まる。
これはもしや……タイムスリップー!?
ぶつぶつ呟きながら座り込んでる私を置いて、リリーちゃんは立ち上がって言った。
「あ! もうリリ、お手伝いの時間だから帰らなきゃ! おねえちゃん今日はありがと! もしも困ってたらお巡りさんのとこ行くといいよ!」
あの橋渡ってすぐにお巡りさんいるよーと指さしながら、リリーちゃんは駆け出してしまった。
私は大人げなく小さい女の子に向かって「ひとりにしないで〜リリーちゃん〜!」なんて泣きべそかいていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回警察官でてきます。