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7 面従腹背

「サポートキャラに、反転させる『裏技』?」


「ええ、そうです。だから、フランツ様と両思いになれるように、尽くしてくださいね、イザベル様」


 息がかかるほど近くにいたシーナがわずかに離れた。イザベルは胸元のブラウスを掻き寄せて、このおぞましい会話を心の中で反芻(はんすう)する。


(私が、協力をする? シーナの為に……フランツ様との、恋の応援を……私、が……?)


 フランツに、シーナを会わせるわけにはいかない。シーナの持つアイテムは強力すぎる。


 必要な時は自身の心よりも利を取るよう教育されているイザベルでさえ、ブラウスのボタンを外されて体を触られるなどいう屈辱の中で、シーナを振り払うことができず、震えながら言葉で拒絶するので精一杯だった。


 そして先ほど、シーナの命令にあらがい、自力で洗脳を解いたダニエルは虫の息だ。



 この世界にも『傾国の美女』という言葉がある。

 魅惑的な女性の代名詞。そしてそのような女性は、この世界の中でも度々姿を現しては、その名を残している。


 本来は近づくことさえできない身分でも、その美しさ1つで成り上がり、高位貴族や王族を心酔させて歴史に1つの区切りを与える。


 ある国では、その美しさで王をたぶらかし、妾となった女性がいた。寵愛した王は、彼女の言うことならなんでも聞いた。王妃を殺し、王に進言する家臣達を殺した。重税を課して圧政を敷き、多くの民を苦しめた。そのような政治が、他国に滅ぼされるまで続いたという。


 シーナの持つアイテムには、それほどの力があると、感じる。


(そのうちのいくつかは、シーナのような力を持つ、転生者だったのかも……)


 だが、フランツがシーナに屈する未来も、フランツが苦しみながら抵抗し続ける未来も、イザベルには、とても容認できない。


(そんなの……嫌……フランツ様がそのような目にあうのは……そして、その片棒を私が担ぐなんて……そんなの、死んだほうがましだわ)


 彼の努力を知っている。たゆまぬ努力を。

 他人に厳しい彼は、なによりも自分自身を強く律していた。そんな彼の足を引っ張りたくなかった。


 この状況は、自身の選択ミスのせいだ。

 だから、いざという時は……。


「私に……なにをさせたいの?」


「あら、イザベル様は、フランツ様攻略をしたことがないんですか?」


 シーナの逆質問に、素直にうなずく。イザベルは意識して心細い表情を作り、シーナを見つめた。


 するとまたシーナの手がイザベルにのびる。


 触れられるたびに反射的にビクリと震えて、シーナへの偽りの好意と、なにをされるかわからない恐怖がイザベルの中に広がった。


 今度は逆だ。必要以上には、怯えていることを悟らせたくなくて、イザベルは心を平静に保つよう努めた。


「そんなに怯えなくても大丈夫ですよぅ。

だって私は、このアイテムの効果を教えたかっただけで、酷いことをするつもりはないんですもの……ちゃんと、いい子にしてくれれば。

イザベル様のビジュアル、結構好きなんですよね、私。綺麗でセクシーで気が強そうで……その不吉なライラック色の髪の毛も。これぞ『イザベル様』って感じ」


 シーナはそう皮肉って笑った。


 紫のライラックの日本の花言葉は『恋の芽生え』だけれど、シーナが言っているのはファンの間で有名な、イギリスの言い伝えのほうだ。


 イギリスでは紫色の花は悲しみを表すとされていて、『身につけていると結婚できない』『婚約破棄』という意味があるらしい。


 制作者が皮肉でそうしたんだろう。主人公に婚約者を奪われる惨めな悪役令嬢にふさわしい色だ。



 挑発に乗らずじっとしていると、頬や耳にやわやわと触れていたシーナの手が再び離れて、イザベルはそっと息をついた。


(シーナに触れられていなければ、まだ、感情の制御ができる。他にも、シーナが知らない、攻略の穴や抜け道があるかもしれない。だからまだ、諦めるには早いわ)


 イザベルが心の中でなお勝機を探しているなどとはつゆ知らず、シーナは質問に答える。


「お邪魔キャラの時のあなたは、遭遇するとほとんどの確率で主人公のステータスを下げるけれど……まれにステータスを上げてくれることがあるんです。アイテムをくれたり、ヒントをくれたりしてね? サポートキャラに反転すると、その割合も反転するの」


 その言葉でイザベルは、イザベル自身が持つ、ゲーム内での特異な性質を思い出した。


『確率3:7ランダムで、主人公のステータス増減』


(それの反転……サポートキャラになってもなお、ステータス増減は確率で決まる。私はシーナを、必ず助けるわけではない……?)


 少しだけ光が見えた気がした。でも、その一筋の光明をシーナに気づかれるわけにはいかない。


 だからイザベルは、服従したようにうつむいた。


 片手でブラウスを抑えたまま、もう片手でポケットの中をさぐり、小さな容器を取り出した。花の絵柄があしらわれている。


「そう……よくわかったわ……それなら、これをシーナさんに差し上げます」


「なんですか、これ」


「練り香水です。アルコールを使っていないので肌に優しく、控え目に香るのが特徴よ」


 イザベルがそのように説明すると、シーナは無邪気なしぐさで喜んだ。


「わぁー、素敵! ありがとうございます、イザベル様。大切に使いますね」

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