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6 無駄な抵抗

 一口紅茶を流し込まれたら、あとは無抵抗でカップを傾けられるがままに全て飲み干す。


 そして、ぐったりとしているダニエルを放って、立ち上がったシーナがこちらを向いて微笑む。


「リック、エリー、いい子ね……そのままこちらに向かせて。拘束は緩めちゃだめよ?」


 まるで……人の魂を食らう悪魔のようだ。


 ブラウスの中に隠していたネックレスを、指先にからめて引き出す様が妙に艶かしい。


 やがて現れた球体型の鳥籠のようなネックレストップは、その中に小さな赤い宝石を1粒飼っていた。


 イザベルの親指の爪ほどの赤い宝石は、シーナの手の中で、ドクドクと鳴動しながらほの暗く輝いている。


(まるで、小さな、心臓みたい……)


「どんなアイテムかもわからないという顔ですね」


「……ええ。先ほどの紅茶といい、その宝石といい、私は初見よ」


 バレているならまあいいかと、イザベルが正直に答えると、シーナはくすくすと笑った。なにも知らない人が見たら、可憐な少女としか思わない。


「ふふっ、元は同じものなんですよ? この宝石を、溶かし入れたものが、あの紅茶です」


 イザベルの驚いた顔がお気に召したようだ。

 シーナはゆったりとイザベルに近づきながら、機嫌良く話を続けた。


「公開後すぐに配信停止になったチートアイテムで……強制的に攻略対象の好感度をMAXまで引き上げることができるんです。飲ませることさえできれば、それ以降はどんなことでも、全部私の思い通りにしてくれるの」


 イザベルの心臓がドクンと跳ねた。


(そんなに、恐ろしいアイテムがあるなんて……)


 拘束は強固で抜けられそうにない。

 イザベルの手足が恐怖に震えた。

 でも、不安を顔や声には出さず、質問する。


 あとはもう、いかに時間を稼ぎ、情報を得るかしか、イザベルにはできることがなかった。


「……配信停止? つい先ほどのあなたは、今も買えるようなことを言っていたと思うけど」


「ああ。過去に出回った分が、今も闇市で手に入るんです。とても高価で稀少なんですよ?」


 このお茶会に招待されてからずいぶん時間も経っているし、イザベルは1つ前の授業を珍しくサボっている。そろそろ誰かが、イザベルを探し始めてもいい頃だ。


 それに、学園広しとはいえこの中庭は、常日頃から多くの学生に愛され賑わう人気スポットの1つだ。

 どうにか時間を稼げば助かるかもしれない。


 そこまで考えて、イザベルは違和感に気づいた。


「そういえば、なんで、ここには……私達以外に誰もいないの?」


「ああ。そういえばいませんね」

「あなた達が、人払いをしたわけでは、ない?」


「ええ、別に。偶然じゃないですか? ここは元々、言うほど人がいないですよ」


 イザベルの質問に、シーナはこともなげに答えた。


 確かに、意図したからといって、できるものではないのだ。ここは、出入口がある教室とは違う。どこからでも出入りし放題な、中庭なのだから。


 でも、それにしてはシーナは、他者の目を全然気にしていない。堂々としすぎていないだろうか? 嘘をついている素振りでもない。


(これも、システムの影響なの? 彼女はここが人気スポットであることも知らないみたい。……彼女がいる時は、自動的にこの場所は、人払いされるようになっている?)


 シーナがもう目の前に来ている。ネックレストップから赤い宝石を取り出す。


「さあ、おしゃべりはこれでおしまい。大人しくしてくださいね? イザベル様」


「待って。アイテムを使用対象外の人に使うとどうなるの?」


 イザベルの続く質問に、シーナは冷たく笑っている。


「さあ? 効かないかも? ……でも、すぐにわかりますよ……はい、あーん」


(間に合わない……)


 イザベルは必死に顔をそらして唇を閉じていたけれど、シーナの持つ赤い小さな宝石が、イザベルの唇に触れた途端……宝石が消滅しイザベルの体の中に溶けた。


「あ……」


「ふふ……使えましたね?」


 シーナの手のひらがイザベルの頬に触れた。


 するとイザベルに根付いたかりそめの恋心が、ドクドクと波打つ。イザベルの持つ本来の意志を嘲笑うかのように、歓喜の感情が広がって、イザベルの心を支配しようとする。


「嘘、どうして……なん、で……」


 拘束が外されて、地面にひざをついた。

 シーナもそんなイザベルに合わせて、ひざをつき、薄く笑いながらイザベルを見ている。


 今なら逃げられる。でも、今のイザベルはもう、シーナから逃げようという気持ちになれない。


(体が自由に動かない。作られた感情に邪魔されて……シーナに悪感情を向けることさえ、難しい)


 イザベルの体内で、恋のような感情と憎悪が嵐のように渦巻いていた。


 イザベルの相反する感情は、恋に浮かされたような潤んだ瞳となって、それでいて唇をかみしめて、シーナをにらむように見つめた。


「イザベル様のその表情、かーわいい」


 シーナがイザベルの頬から首にかけて、指を這わせた。イザベルはびくりと体を硬直させたものの、シーナにされるがまま、抵抗できない。


「でもイザベル様はもう、こんなことをされても、抵抗できないんですよ?」


 ブラウスの首元を飾るリボンタイをスルリとほどかれて、第2ボタンまで外された。イザベルの白い肌がさらされて、シーナの手のひらが、ゆっくりとイザベルの肩と鎖骨をなぞる。


 フランツ以外に素肌を触れられるなんて、不快でたまらないのに……まるで、フランツに頬を触れられた時のような心の高まりを感じて、イザベルは絶望した。


「やめて……」


 気丈に振る舞おうとしたイザベルの声は力なく震えた。その様子に、シーナはより一層笑みを深めて、ネタバラシをする。


「ふふ、イザベル様は……確かに攻略対象ではないです。だから普通のアイテムは使えないけれど……このアイテムだけは、使えるの。邪魔だったあなたを、フランツ様攻略の強力なサポートキャラに反転させる……『裏技』だから」

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