4 中庭のお茶会
「はい、どうぞイザベル様」
「突然なのにありがとう。いただきますね」
出された紅茶とクッキーを前に、微笑んでそう答えると、シーナも満足そうに微笑んだ。
「ええ、イザベル様のお口にあえば嬉しいです」
危ないとはわかっている。
なんらかのアイテムが混入している場合に、攻略キャラではないイザベルに、どのような作用があるのか……もしくはないのか、わからない。
アイテムやゲームとは無関係に、薬物が混入している場合もありえる。
それに、こんなに見つめられていると、まるでイザベルが口に入れるのを、見届けようとしているようだ。
そんなうがった見方をしてみれば、シーナの入れた紅茶は、色も香りも普通だけれど、どことなく不穏めいて見えた。
でも、シーナに遅かれ早かれ接触する必要があった以上、相手に誘われるがままにお茶会に参加するのは、案外悪い選択ではないようにも、イザベルは思う。
そもそもイザベルは、シーナに好かれる必要がない。多少印象が悪くても、のらりくらりと口にせず、聞きたいことを聞き出した後で、紅茶なりクッキーなりをうっかり落としてしまえばいい。
馬鹿正直に、飲む必要はないのだ。
(こう考えるあたり、私は本当に悪役の思考ね)
イザベルは飲む気のない紅茶のカップをゆったりと手に取って……そして今気づいたかのように話を向けた。
「そういえば、シーナさんは、元々は他の方とお茶をするつもりではなかったのですか?」
「ええ、そろそろ友人が来るはずです」
「まあ、そう。それなら、ご友人が来るまで待ちましょう? シーナさんの大切なご友人を差し置いて、初対面の私が先にいただくのは気まずいわ」
そう言ってティーカップをテーブルに戻すと、シーナは一瞬イラついた表情を浮かべた。
やっぱりこの紅茶には、なんらかの仕掛けがあるのだと、イザベルは確信する。
「そんなに気を使わなくてもすぐ来ますよー。あ! ほらほら、あの人達です。リック、エル、エリー! こっちこっち」
シーナがそう言って手を振った先を見ると、確かに彼女と噂のあった3人が、どこからか現れて近づいてきている。
中性的なパトリックと、硬派なダニエルに、女好きのエーリッヒ。
実際問題として、攻略状況はどうなっているんだろう。彼らの表情は暗く、素敵な恋をしているようには思えなかった。
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「エル、彼女を押さえて」
「……わかった」
「なにを……きゃっ」
挨拶をしようとイザベルが立ち上がったタイミングで、シーナが命令した。
すると、ここにいるメンバーの中で最も大柄なダニエルが、イザベルを背後から羽交い締めにする。
(油断した……! まさかこんなに早く、本性を現すなんて!)
急な展開に驚くイザベルを見て、シーナが機嫌良く、くねくねとしなを作りながら笑っている。
「『きゃっ』だって。可愛い~、イザベル様」
「急になにをなさるの? お願い、変な冗談はやめて、離してください……」
「ふふ、白々し~。疑っていたじゃないですか」
先ほどまでの、可憐な少女のようだったシーナが嘘のようだ。
イザベルも、か弱いフリをあっさりとやめて、噛みしめるように質問する。
「……彼らになにをしたの? なぜダニエルさんが私を羽交い締めにするの?」
「そんなの、エルが一番の力持ちだからに決まってるじゃないですか~」
「そんなのって……あなたはあのゲームを知っているはずだわ! それなのに……っ」
イザベルの言葉に、シーナは冷たく目を細めて口角を上向けた。
「やっぱりイザベル様も転生者だったんですね。
気づかないまま、大人しく紅茶を飲んでくれたらよかったのに。そうしたらこんな風に無理やり飲ませる必要がなくて、エルも傷つかなかったのに。
ああ、エルが不憫で可哀想……女性に触れようとする度につらい記憶がフラッシュバックしてしまうのですもの……ねぇ、エル?」
イザベルは、背後でダニエルがブルブルと震えているのを感じる。
「すまない……シーナの言葉に、逆らえないんだ」
小さな泣きそうな声で、ダニエルが謝った。