3 図書館
イザベルが、今後の行動方針を立てて決意を固めた頃、授業はとうに始まっていた。
中途半端な時間に教室に入る気にはなれなくて、イザベルは学園の敷地内にある図書館に向かった。
ちなみに、図書館は読む本の選択で上がるステータスを選べるので、授業をさぼって図書館に行くというのは、まんべんなくステータスを上げたい時には有益な選択の1つだ。
他ステータスの減少はないが、授業と比較すると増える数値が低い。そして、内部パラメーターの『幸運』が下がるらしい。
とはいえ、今のイザベルは各種ステータスに興味がなかった。学園のルールブックが置いてそうなコーナーに向かい見つける。
(これがあるということは、やっぱりここはゲームの中なのね)
『知力を上げるには』など各種ステータスや『幸運について』などのヒントが1冊ずつ本になっていた。
学園内でもこれらの単語は使われているから、図書館に置いている本として不自然ではないけれど……例の乙女ゲームの中で繰り返し読み込んだ、各種ヒントと同じタイトルだ。
イザベルは背表紙を指でなぞりながらタイトルを目で追っていく。知っている内容しかないならそれで良し。でももしも知らない情報があるのなら、この棚に見慣れない表題の本があるはずだ。
「……あった」
『サポートアイテム集《追加システム第2版》』という本を手に取り、イザベルはテーブル席に移動した。
どうやら、スマホ移植版が出ていたらしい。そしてその際に難易度調整がされた。課金アイテムだ。
『幸運』パラメーターが見えるようになるアイテムや、各種ステータスを少しだけアップさせるアイテム、好感度を上げるようなものまである。
(各種アイテムの効果は微々たるものだけれど、アイテムで上げたパラメーターは下がりにくいのね……)
使用時に他のパラメーターが下がることはなく上げられるのは想定通りだけれど、通常の方法でパラメーターを上げる時の劣としての下げ幅についても、アイテムで上げたステータスの場合は0~30%しかなかった。
課金して上げても簡単に下がるのでは旨味がなくて、購入者がつかないからだろう。
こうしたアイテムを使えるのなら、使い方によっては逆ハーレムも可能なのかもしれない。
(でも1日1アイテムといった使用制限がある。それに、平民がそういくつも購入できないはずだけど……)
かといって、イザベル自身はこれらのアイテムを使用したところで、効果を得られる感じがしなかった。そして、今日まで『アイテム』という存在そのものに気づきもしなかった。
本がここに存在するのに、アイテムの話題が出たことはこれまでの記憶に一切ない。
それはたぶん、アイテムが特殊効果として作用するのが、主人公だけだからなのだと思う。
最悪というほどではないけれど、嫌な予想が当たってしまったな、と気落ちするような収穫だった。
(でもまあ、シーナさんも知らない可能性があるわけだし……これからは、両パターンを想定して動こう)
とりあえず、本は目につきにくい位置に収納した。『幸運』はさらに下がっただろうけれど、背に腹は変えられない。
そして。
どうやらイザベルの『幸運』は、思った以上に下がってしまっていたらしい。
図書館から教室に向かう途中の渡り廊下で、イザベルはくだんの女子生徒と鉢合わせた。
カラメルソースのような艶やかな髪が、肩のあたりで切りそろえられていた。
保身的な貴族社会ではありえないヘアスタイルだけれど、そうした先入観を抜きにして見れば、彼女の天真爛漫な雰囲気に、とても似合っている。
「シーナ・リーファース……」
イザベルは思わず呟いてしまって、それを聞いたシーナは、宝石のようなエメラルドの瞳を丸くして……すぐに、花が咲いたように笑う。
カラメル色の髪の毛がシーナの動きの1つ1つに合わせてキラキラと揺れる。口の前で、両手を打ちならすように左右の指先を合わせた。
「わあ、イザベル・クンツァイト様に、名前を覚えていただいていたなんて嬉しい! 同い年なのに、とっても綺麗で素敵な方だなって、憧れていたんです。……あの、これもなにかの縁ですし、もしイザベル様のご都合がよかったら、今からお茶をしませんか?」
そうして、シーナは「ちょうどクッキーを焼いてきたんです」と笑顔で続けた。