24 覆滅の刃
イザベルとシーナの会話に立ち入らず、聞きに徹していたフランツが、壁から背を離した。
そして、無効化することを選びながらも、今なお恐怖に震えて動けないシーナに声をかける。
「リーファース。君の勇気に敬意を表する。
アイテムの無効化によって、万が一君が窮地に立たされる時は……私の家の力をもって、君を守ろう」
「……はい、ありがとうございます、フランツ様」
シーナは少し驚きながらも、そのように応えて笑った。
ジャラジャラと鎖を引きずりながら、不安気な表情を引き結んで、ようやくシーナが近づいてくる。
対するイザベルも立ち上がり、ライラックピンクの宝石を取り出して、シーナを待っていた。
ライラックピンクの宝石は静かに輝いている。
そうしてイザベルは、もうすぐ、あと少しで、この短くも濃密だった非日常が終わり、平和な日常を取り戻せるのだと思っていた。
全ての元凶である、赤い宝石には……自我があることを知っていたにも関わらず。
イザベルの中の赤い宝石がドクンと鳴動した。
これは本来、個々には小さな自我しか持たない生命体だったが……生命を脅かす危機に直面したことで、本能で理解した。
宿主であるイザベルが、世界にちらばる赤い宝石達共通の宿敵であり、このままでは自分達を消滅させることと、イザベルを殺せば、同等の力を持つ存在がこの世界からいなくなることに。
そして赤い宝石は、種の存続を個の存続よりも優先するという本能があった。イザベルの中にある赤い宝石だけが、盟約者シーナの支配から外れて種を存続する活動を始めた。
イザベルが体内の違和感に気づいた時にはもう、赤い宝石は宝石自身の意志で、イザベルを害そうと動いたあとだった。
体内で膨張する。
しかし、赤い宝石の中に囚われている魂達が、全生命力をもってそれにあらがった。
1秒に満たない時間を、イザベルを守るためだけに魂を燃やして、過去の主人公達が消滅していった。
イザベルは、その反動に大きく1度体を揺らして、鉄格子をガチャンとつかんだ。
「イザベル!」
「イザベル様!?」
「だ、大丈夫……でも、早く来て……」
そして、ゴボリと血のようなものを吐く。
イザベルは叫んだ。
「違う! これは赤い宝石!」
絶望的な思いで、イザベルも瞬時に理解する。
魂の多くを消耗した赤い宝石は、原始的な手段で、イザベルを殺そうとしていた。
イザベルの体から追い出されたまま、いっそ距離を離して、空中でビキビキと音を立てて赤い刃へと姿を変えた。
元々は親指の爪程度の大きさしかなかったのに、その体積は何百倍にも膨れ上がって、いまや太刀ほどのサイズへと変貌している。
そしてためらいなくイザベルの心臓に向かった。
イザベルは自身の両腕で守ろうとしたけれど『両腕ごと心臓は貫かれる』そんな絶望的な未来が見えた。
(どうしよう、殺される……!)
なすすべなく、イザベルは目をつぶった。
でも、そのあとに訪れたのは、ふわりとした浮遊感と『ガキン』という金属音だった。
そうして、冷たく硬い床を転がり、目を開けたイザベルは……先ほど以上のショックを受ける。
イザベルの目の前には、フランツの背中があり。
赤い宝石よりもずっと鮮やかな鮮血──
「フランツ様!」
身を切るよりも悲痛な声でイザベルは叫んだ。
****
バタタっと、フランツの血が床を叩くけれど、フランツは倒れない。その怪我の程度が、イザベルの位置からはわからない。今、どんな表情をしているのかも。
けれど、なぜか赤い刃は動きを止める。
そして、フランツは「問題ない」と言った。
「私は問題ない。今のうちにやれ! イザベル、リーファース!」
「はい……」
震えながら応えるイザベルの手の中には、決して手放さなかったライラックピンクの宝石があった。
「イザベル様、早く! 私はなにをしたらいいですか!?」
シーナが急き立てた。
フランツを心配するのは後回しだ。涙をぬぐうのも。考えるのも後悔するのも絶望するのも全て後回しだ。フランツが作った時間を無駄にできない。
イザベルは、震える足をもつれさせながら、シーナの元へ駆けた。
そして鉄格子の中に腕を入れながら叫んだ。
「お願い、シーナさん、これにキスをして!」
言うやいなや、イザベルの手はつかまれて、その手の内で輝くライラックピンクの宝石に、シーナが口付ける。
すると、ライラックピンクの宝石は膨れ上がって大きな光の玉となり……ガラス細工のようにバリンと割れた。そして、無数の七色の光へと細切れになり飛び散った。
その光の刃は、シーナを通過し、パトリックを通過し、フランツに攻撃した赤い宝石をザクザクと刺して……サポートアイテム集に記載されていた通りに、全てのアイテムとその効果だけを破壊し尽くした。