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21 稚拙な計画

 フランツは侍従を伴って、地下牢に訪れた。


 鉄格子の中に作った部屋は人影がなく、燭台の炎がチロチロと揺れている。


 彼女の居場所を示す鎖は、ベッドの中へと続いていた。ベッドは備え付けの厚いカーテンで閉ざされていて中は見えなくなっている。


 フランツはそのまま、シーナに声をかけた。


「リーファース、起きているか? 起きているのなら、出てきてほしい。話したいことがある」


「……鎖を巻き取ればいいと思いますよ」


 カーテンの奥から、拗ねた声がした。


「昨日の今日で信じがたいかもしれないが……そのやり方は極力しない」


 そのように応えたフランツは、元々、最初に伝えた前提条件さえ守ってくれれば、シーナの他の言動については大抵のことに目をつぶるつもりでいた。


 こんな所に閉じ込められ知人との接触も断たれ、その上ストレスのはけ口もないのでは、さすがに不憫だ。


 だから、シーナが顔を見せたくないのなら、このまま会話を続けてもいいかとフランツが考えていると、カーテンが少し開いて、目元を赤くしたシーナが顔をのぞかせた。


「なんのご用ですか?」


「パトリック・バーリーが、君に会わせて欲しいと訪ねて来ている。もし、彼に命令や願いを言わないと約束できて」


「できます! 会いたいです。会わせてください」


 全ての条件を言う前に、シーナが応えた。

 暗く沈んでいた表情も希望を取り戻している。


「……条件はあと2点だ。その間、私が立ち会う。そして、不穏な動きを見せたらそこで打ち切る……いいな?」


「……はい、わかりました」


 本当に理解しているのか心配になるほど、シーナは判断が早い。


(だが、あとはパトリック次第だ)


 従者の1人にパトリック達を呼びに行かせて、フランツは壁にもたれかかった。この場所がわからないようにしているから、到着まではしばらくかかるだろう。


 パトリックがシーナを説得している間、イザベルは侍女と共に、地下廊の端に待機してもらう。


 フランツとパトリックの目には入るが、シーナの視界には入らない、そんな位置だ。


 説得に成功した場合はイザベルを呼び寄せて、アイテム《ライラックピンクの宝石》を使う。


 しかし、シーナが命令しそうになれば、側に控えている侍女がイザベルの耳を塞ぎ、イザベルを避難させるかこのまま続行するかをフランツが決める。


 鉄格子の鍵はフランツが持っている。


 例えばシーナがパトリックに『ここから出して』と言って、その命令にパトリックがあらがえなければ……フランツに手を出してくるかもしれないが、周りに控える従者達がはばむはずだ。


 そして計画が失敗したら次がないことを、パトリックは理解しているから、シーナに命令されたとしても最大限の努力をするだろう……シーナを真に想うのであれば、彼女の命令には従わないはずだ。


(稚拙(ちせつ)で甘い、穴だらけな案だ……)


 シーナとパトリックとイザベル任せの、人を信じる不確かなやり方だ。パトリックとイザベルの希望を、フランツはほぼそのまま採用した。


 シーナの意識を保たせながら体の自由を奪うすべも、実はないこともない。毒を使ったり、他にも。

 ……人に言えないようなやり方であれば、いくつかフランツは思い浮かんだ。


 もちろん、ただ考えることと実行に移すまでの間には大きな壁があり、実際には行わなかっただろうとは思う。


 だが、案として口に出すことすら、おぞましいことだと気づいたのは。


(……イザベルがどう思うだろうと、思ったからだ)


 狂人と常人の、境目はどこなのだろう。

 自身はまだ、本当に正常なんだろうか。


 自身の持つ恐れの正体を探り、根拠を示そうとした頃……歴史を紐解き疑うに値する情報を集めた。


 だが、人は信じたいように信じる生き物だ。


 結果的に、フランツの不安は的中し《赤い宝石》なる未知の物質が、この世界には実在する。


 それを無効化できれば、フランツを長年むしばんでいた不安の種はなくなるはずだった。


(だが、もし、赤い宝石がこのまま現れなかったら、私はどうしていたのだろう? 居もしない仮想敵といつまでも戦い続けたのだろうか……身近な人を、不幸にしたままで)


 妄執(もうしゅう)と強迫観念から、学園にほど近い別邸の中に地下牢を作って引きこもり、1人の女性の人生を台無しにしようとしていた。


 その異常性は極力表に出さないよう努めていたものの、母親を泣かせ、父親とも絶縁に近い。


 物事には限度があり、フランツのその言動は、慎重というにはあまりにも常軌をいっしていた。


 ……警戒心が強く、社交的にも振る舞えない。


 気を許せるのは相手の人となりを十分知ったあとになるが、大抵の人は、その前に諦め離れていく。


(自覚している。不合理だと。それでも、この生き方が最善だと思いながら、生きてきた)


 だが、そうしてこの先を生きて、今側にいる人達までが去っていったら、どうしていただろう。


 フランツの中で、理性の1つとなっているイザベルが……なによりも守りたい、かえがたい人が、手の届かない場所に行ってしまったら……自身の言動を過ちと認め、悔やむことになるのだろうか。


 それとも……その頃にはもう、このような感傷も無くしているだろうか。


「あの、フランツ様」

「……どうした?」


 思考の海に沈んでいると、シーナに話しかけられた。彼女なりの準備が終わったようだ。


 いつの間にか化粧をしている。ファンデーションを塗っただけのもので、ムラも多いが。


「その……リックが来たら、私はリックに、どこまで近づいていいですか?」


 その質問から、昨日一方的に告げた約束事に思いいたる。フランツに近づくと昨日のようになるから、シーナは事前に聞いてきているのだ。


「ああ。好きに近づいていい。私が距離を置く」


「わかりました。あ……この顔、変ですか?

あんまり私お化粧したことなくて頑張ったんですけど少し失敗しちゃっ……て…………なんちゃって」


「確かに、軽く叩いて少し粉を落としたほうがいいな。だが、今もそこまで悪くはない。涙のあとも、上手く隠せている」


 するとフランツが返事をしたことが意外だったのか、シーナは驚いた顔をした。


 おそらく会話が好きなのだろう。その場でパタパタと顔を叩いて粉を落としては「これでどうですか?」と聞いてくるようになってしまった。


 良くも悪くもまっすぐな子だ。泣き顔を隠すために慣れない化粧をする姿は、いじらしいと思った。


 そうなると、そんな子を閉じ込めている自分はなんなのだろう。真に害悪をもたらしているのは。


「ああ、それくらいでいい。良くなった。

……パトリックも来たようだ」


 フランツの姿を見つけて、シーナがここにいると気づいたパトリックが、案内の侍従を置いて駆けてくる。


 そして、シーナと互いに名を呼び合い、再会を喜び合っていた。


 廊下の奥には、イザベルの姿が見え、フランツと目が合うと、小さくうなずいた。

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