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20 手の内の全て

 宝石を手離しても、心の中がざわざわとするのは、イザベルの中にも赤い宝石があるからだろう。


 赤い宝石は動揺していた。


 けれど赤い宝石は、自身になぜ異常が起きているのかまでは、わからないようだった。


 これは、直接的な物事しか判断ができない。


 シーナが使うことに成功したから、イザベルの中にある赤い宝石は赤いままだったけれど、それでもイザベルの心の中を、赤い宝石から漏れ出た悲しみ達が満たしていく。


 悲しみと後悔の海をたゆたいながら、イザベルは名も知らない誰か達の声を聞いていた。


****


 ──恋物語に憧れてたの。

 小さな頃から。大人になっても。


 でも、物語のヒロインみたいにはなれなくて……周りの人達が当たり前のように手にしているものよりもずっと……ささやかな幸せさえも、遠かった。


 くすぶる劣等感と憧れに赤い宝石がつけこんだ。


 この世界では私が主役。特別な力があるのだと。


 赤い宝石を使うのは、とても簡単だったよ。

 全てが思い通りになるとわかると傲慢になった。


 偽りの愛におごり、刹那を邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)に生きた。

 本当に欲しかったものだけが手に入らなかった。


 死後は赤い宝石に、悠久の時を囚われるの。

 魂を動力源にして、赤い宝石は存在している。


 あれは、この世にあってはならないもの。


 私達のクンツァイト。無念を晴らして。

 あれを(あざむ)いて築いた、私達の希望。


 どうか今回の物語で、全てが終わりますように。

 どうかあなた達は、真実の愛を──


****


「イザベル。私は君が、もっと慎重な人間だと思っていた」


「……申し訳ありません」


 目が覚めて早々に、フランツから苦言を(てい)されて、怒られ慣れていないイザベルはしょんぼりと頭をたれている。


 フランツが小さく息をついた。


「……好奇心が湧くのはわかる。実験も必要だと思う。だが……なぜここに着くまで待てない?」


「はい、おっしゃる通りです、すみません」


「ごめん。ぼくが待ちきれなくて言い出したんだ」


 謝罪一辺倒のイザベルとフランツの間に、そういってパトリックが割り込んだ。


「いいや……2人きりで馬車に乗り、言われるがままに行動することを選んだ。その落ち度がイザベルにあることには変わりない」


 それでもフランツは、イザベルにそう言った。

『なんで私ばかり』とさすがにイザベルも思う。


 フランツはまだ言い足りないようだ。


 ここで目をそらして『反省してない』と思われては心外なので、イザベルは決死の覚悟と若干の涙目でフランツを見上げた。


 すると、今度はフランツが目をそらすから、結局視線は合わない。


 でも、次のフランツの言葉を聞くと、イザベルは目を見開いてフランツを見つめ直した。


「イザベル。男の前で気を失うのはリスクだ。

昨日も今日も君は運がよかっただけだ……人の目がない時に、君を守れるのは君しかいない」


 言い方は優しくないけれど。

 その言葉には、過分の心配と思いやりがある。


 それに気づいて、イザベルは心から反省した。


「はい……気をつけます」

「ああ、それでいい」


 フランツがようやく次の話に移る。


「君が寝ている間に、おおよその話はパトリックから聞いた。シーナ・リーファースの支配力を、無効化する手段があるというのは本当か?」


「はい。パトリックさんが所持している本に載っていた、全てのアイテムの効果を無効化する宝石を、私達で見つけました」


 イザベルがそう応えると、パトリックが薄紫色の石を取り出して、イザベルの傍らに置いた。


 そして、イザベルがその石に触れると、石は宝石へと姿を変える。


 その移り変わりを目の当たりにすると、さすがのフランツも驚いたように、目を見張った。


「……これは、イザベルが使うのか?」

「はい。私にしか使えないようです」


「なぜ、リーファースしか使えないはずのアイテムを、君が使える?」


 今、フランツは警戒しているはずだ。


 イザベルが、第2のシーナ・リーファースになる可能性をフランツは考えているはず。そんな風にイザベルは考える。


「……私が使えるのはこのアイテムだけだと思います。その逆にシーナさんは、このアイテムだけは使えないはずです。この石は……これまでの主人公達の後悔が、作り出したものだから」


「これまでの主人公……これだけは、成り立ちそのものが違うということか」


「ねぇ、イザベル様、後悔というのは?」


 イザベルの話にフランツが続き、そのあとにパトリックが質問する。


「使用したことへの後悔……彼女達は、心の弱い部分につけこまれ、使い続けるうちに、赤い宝石に依存させられていくみたいなの」


 夢の中で聞いた思念を一部想像で補って応えた。

 彼女達の言葉は曖昧で部分的だったから。


 でもイザベルは、この考えがそれほど遠くはないと思う。


「赤い宝石は……とても古くから存在していたようです。そして、それを扱える者と共依存関係になることで今日まで生き長らえてきました。

彼女達が生きている間は、あらゆる望みを叶え……それと引き換えに、死後は彼女達の魂を縛り少しずつ消費して、動力源にしているようです」


「まるで、赤い宝石がなにかの生命体のようだな」


「体内で蠢いている感覚はたまにあるから、フランツ様の考えであってると思う。変に意識すると馬車酔いみたいになるよ」


「そうか、それは大変だな」


 フランツとパトリックは、イザベルが寝ている間に多少打ち解けていたようで、小さな感想を言い合いながらイザベルに質問する。


「これを過去の主人公達が作ったのだとして……なぜその使用者がイザベルなんだ?」


「ぼくも不思議に思ってた。この宝石以外にも、君だけの特別が多くあるのはなんでなんだろうね?」


「たぶん最初にゲームがあって……ゲームの中の私の設定を彼女達が利用した……広域的に解釈することで、対になる宝石を作り出したのだと思います」


 赤い宝石がゲームの中から次の主人公を選んだ時に、彼女達も同じゲームからイザベルを選んだ。


「だから、これは、ライラックピンクのクンツァイト……彼女達から託された、私だけの宝石」


 力の使い方は、赤い宝石を盗み見て学んだのだろう。そして赤い宝石の動力源は彼女達の魂だ。

 だから彼女達も赤い宝石と同じことができた。



「そのアイテムはどのように使うんだ?」


「私が手ずから、この宝石を、シーナさんの唇に触れさせる必要があります。そして彼女が無意識な、寝ている時は使えません……ゲーム外になるので」


「彼女の命令1つで、君達は言動を支配されるのに、口を塞ぐことはできないのか」


 イザベルの返答を聞いて、フランツが現状の問題点をまとめた。


 猿ぐつわで声が出せなくなるというのは、フィクションだ。物語として都合がいいから、登場人物はあたかも声が出せないかのように『ムームー』と言うけれど、実際は、口に隙間があれば音を出せる。


 唇ごと塞げないのなら話すことを止められない。


 耳もそうだ。完全に隙間なく塞ぐのは難しく、隙間があれば音を完全には防げない。


 すると、パトリックがこのように申し出る。


「……ぼくが、彼女を説得するよ。だから、シーナに会わせてほしい。そのために、ぼくは来たんだ」


 フランツが小さく息をつく。でもこう言った。


「わかっている。だがその前に、計画を立てよう。彼女に会わせるのは、それが実現的なレベルまで落とし込めたあとだ」

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