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19 三度目の消失

 イザベルは、他者の馬車に同席する時は必ず、自分の馬車を後ろにつけることにしている。それは相手がフランツの時も同様だ。


 幼い頃は家の方針としてただ従っていた。

 今も理由を問われれば『家の方針』と応えるけれど、今ではイザベル自身もその利点を感じている。


 相手任せにする最大の懸念点は、自身の進退をも、相手にゆだねてしまう、ということだ。


 自身の馬車も従者もつけずに相手の馬車に乗ってしまうと……例えば、同席者と意見の食い違いが起きた際に『相手を逆上させると辺鄙(へんぴ)な場所に置き去りにされるかもしれない』という不安から相手のいいなりになる可能性がある。


 危険性を(かえり)みずに向こう見ずな対応をして、本当に、見知らぬ場所に貴族女性が1人取り残された、となれば悲惨極まりない。


 でも、自分の馬車があればその不安はなく、意志を曲げる必要もない。


 自身の馬車をつけるのは、それ以外にも、片方の馬車が不慮の事故に遭った場合の保険という面や、別行動をしたくなった場合の脚になるなどのメリットがあった。


 転ばぬ先の杖だ。無駄な出費とは思わないし、イザベルは自分自身にその程度の金をかける価値が、十分にあると思っている。


 そのようなわけで今回もイザベルは、自身の馬車を後ろにつけて、パトリックの馬車に同席した。



「考え事は……フランツ様?」


 窓の外の変わりゆく景色をぼんやりと見ていたら、そう声をかけられた。


 イザベルは正面にいるパトリックと目を合わせて微笑んだ。


「フランツ様のこと、怖いと思う?」


「……なんとも言えないかな。よく知らないから」


 そんな風にパトリックが言葉を濁すのは、フランツが王国の中で有数の上位貴族だからだ。


 彼と対等になれる人はほとんどいない。意見する人も。だからイザベルは「そうね」と応えた。


「……パトリックさんが言った理由から、シーナさんの失踪にフランツ様が関わっているという想定は、ほぼ確実だと私も思うの。フランツ様は、周りが思うほど冷たい人じゃないけれど、決断ができる方で。だから……」


 だから。……だから?


 なにかを言おうとしたもののそれ以上の言葉が出てこなくて、イザベルは口をつぐんだ。


 パトリックの想定が、ぐるぐるとイザベルの頭の中を巡っていた。『一生閉じ込める』も『殺す』も、想像でしかないというのに、気落ちしている。


(あと3ヵ月だと思っていたから、フランツ様に打ち明けさえすれば、全て上手くいくと思ってた。でも違うかもしれなくて。私はその可能性に気づきもしないまま……非情な決断とその責任を、フランツ様だけに、押しつけた……)


 イザベルが凹んでいるのはそのせいだ。

 フランツが背負う重圧や責任を、少しでも軽くしたかった。彼から信頼されたくて、ずっと努力をしてきたのに。


「……じゃあ、なおさら、ぼくらは頑張らないとだね。彼が、非情な選択をしなくていいように」


「うん……そう。そうね」


 そしてそのあとは2人で、先ほど手にいれたライラックピンクの宝石についての意見交換と実験を行った。


 イザベルがパトリックに宝石を渡すと、イザベルが手にしていた時にはキラキラとしていた宝石から光が失われた。


 そして、パトリックからイザベルに再度宝石を移すと、再び光を取り戻す。


 パトリックが、イザベルの手の中の宝石をコツコツ指でつつき転がして、つまんで持ち上げては離してを繰り返すと、ライラックピンクの宝石も生真面目にゆったりと明滅を繰り返した。


「ぼくが手にすると、赤い宝石と同じように、光が失われるみたいだね。宝石の形に加工しただけの、くず石になる」


「そうね……そして私の手に渡ると光を取り戻すみたい。なぜかしら? 赤い宝石だった時は、私が手にしてもなにも起こらなかったのに」


「この宝石が、君のものだからかも。イザベル様は、これを使えるかもしれないよ」


「じゃあ試してみる? 私達に個別についているアイテムの効果を消せるかもしれないわ」


 気を取り直してからは、パトリックとの距離がなんとなく近づいたように思う。共通の目的があり、お互いに想い人がいるから随分気楽だ。


 イザベルがフランツ以外の異性に、これほど気を許すのは珍しかった。


「そうだね、使えたらまた買えばいいし」


 パトリックもそんな感じに気軽に応える。

 イザベルはライラックピンクの宝石に口づけた。



 すると……悲しみがイザベルの心を満たす。

 急激に発生した感情の波に翻弄されて、涙が止めどなくあふれて、止まらなくなった。


 でも渦中のイザベルはただただ混乱し、パトリックが話しかけるまで呆然としていた。


「イザベル様、どうしたの? 大丈夫?」


「感情、があふれて……でも、私のじゃ、ない」

「どんな感情?」


(どんな感情……? どんな……)


 ざわざわと音がして考えがまとまらない。それでもイザベルは、自身の感覚を表す言葉を探した。


「……後、悔と……悲しみ……悠久(ゆうきゅう)を繰り返した」

「それは、誰が?」


「……私達」

「私達って……?」


 話し出したイザベルに、パトリックが相づちと疑問を投げる。イザベルはその質問のいくつかを取りこぼしながらも、取り憑かれたように話す。


「これは、私の宝石……終わらせないと、これを」


「……この宝石は、イザベル様がシーナに使わないといけないということ?」


「うん、そう」


 その質問に素直にうなずいたイザベルは、昨日今日ですっかり慣れてきている闇に沈む感覚に、瞬く間に侵されていく。


 パトリックの声が(かすみ)がかっている。


「ここが……めゲームな、理由……真実の……いを、ほし……った」


 そこで、イザベルの意識が途切れた。

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