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16 絶望の淵で

 シーナは顔を青ざめさせながらも、フランツの言葉の中の『度々』と『以前よりつかんでいた』が気になった。


「……いつから私を、疑っていたんですか?」


「学園に平民が編入すると、聞いた時からだ」


(そんなに、前から……)


 呆然とするシーナに、フランツは続けた。


「『いつまで過ごすのか』という質問についてだが……期間は君次第だ。君が私達にとって無害になるのであれば、すぐにでも解放すると約束しよう」


「……わかりました」


 シーナは諦めた。最初から疑われていて、疑わしい証拠を集められていた。


 赤い宝石を使おうにも、ダニエルに急遽使ってしまったことで、予備まで全て使い果たしてしまっていたし……ここに閉じ込められた時に持ち物の全てを取り上げられている。


 フランツには、近づくことができず、泣き落としも効かない。そして……それ以外の打つ手はなにも思いつかなかった……ゲームオーバーだ。


 シーナは、重い口を開く。


「……ゲームは、終業式に終わるんです。終わる日は本当です。私を信じられなければ、イザベル様にも確認してください。だから……終業式までの3ヵ月間をここで過ごしたら、解放してくれますか?」


 学園は退学になってしまうかもしれないけれど、そもそも平民が入ることが異質だったのだ。

 身の丈に合ってないのだから諦めもついた。


 学園生活も元々、好きじゃなかったし。


(あーあ、攻略失敗! フランツ様はやっぱ強いわ。

……3ヵ月我慢して、平民らしい生活に戻る。

それくらいの罰はもう諦めよう)


 そう思っていたから……フランツの返答にシーナは絶望することとなる。


「終業式が過ぎれば、アイテムが無効になるという保証はどこにある? イザベルに再び危害を加えないという保証は? ……少なくとも、これまでに使ったアイテムの効果は、消えないと考えている。

ゲームの期間が終われば冷める愛なんて、女性向けにしては夢がないし、物語は大抵『末永く幸せ』になるものだ」


「……じゃあ……アイテムの効果が末永く続く場合……私は、どうなるんですか?」


 質問をしておきながら、シーナはフランツの言葉を聞きたくなかった。


 ありきたりな幸せな物語の結末を、こんなにも恐ろしく感じるのは生まれて初めてだ。


「先ほど言った通りだ。ここから出たいのなら、君が無害になることを証明しろ。できないなら、一生この中だ。君の家族、友人とは、2度と会わせない」


 シーナはついに悲鳴を上げた。


 泣いてわめいて逃げようと必死に手足を動かして、ガチャガチャガチャガチャと鎖を鳴らした。


「嫌ああああああ! しません! もう攻略しません! お2人にも近づきません! 一生地下なんて嫌っ、お願いです……出して、出して出して……ここから出して! フランツ様あああ!?」


 でも、どんなにシーナが暴れて騒ごうと、この場にいる人間は誰一人動かすことができなかった。


 フランツが侍従へ短く命令を下した。


「……鎖は元の長さに戻してやれ。あと、彼女の手首のために、消毒薬を……持ち運びは侍女に」


「……は、全てご随意(ずいい)に」


****


 暴れて泣いて叫んで、疲れてもなお、シーナはすすり泣いていた。


 フランツがシーナに告げた解放の条件を、どうしたら満たせるのかわからない。3ヵ月後に、アイテムの効果が消えない場合は、死ぬまでこの部屋から出られないなんて、耐えられない。


「ひっく……助け、て……リック……」


 絶望の中で、シーナは、とても大切だった人の名前を呼んだ。


 唯一、途中までだけれど……自分の力で仲良くなった人。

 リック……パトリック・バーリー。


 以前のシーナはお金がなかったから、当然アイテムも買えなかった。


 そして、コマンド入力をしたら、日めくりカレンダーがめくられる演出でステータスが上がっていたゲームとは違って、実際にステータスを上げるのはとても大変だった。


 オシャレの仕方はわからないし、スポーツも勉強も苦手だった。


 でも、中途入学してからずっと、周りの人達から遠巻きにされていたシーナに、クラスメイトの彼だけが、毎朝笑顔で挨拶してくれたのだ。


 パトリックにとってはなんでもないことだったのかもしれないけれど、それがあったからシーナは学園に通えた。もっとパトリックと話せるようになりたいと思ったから、苦手な勉強も頑張れた。


 そうして少しずつ少しずつ、やっとの思いでパトリックと仲良くなったのに。


 ……シーナはパトリックを傷つけた。


 街でデートした日。今日の記念にと照れた顔で、おそろいのアクセサリーを買ってくれた日。



 ──赤い宝石を、手に入れた日。



(馬鹿みたい、私……なんでだろう? それまでは、リックがいればそれだけでよかったのに……私は、本当にそう思っていたのに)


 ぽたぽたと落ちた涙が絨毯を濡らして、絨毯の柔らかな毛が水を吸い、頭をたれるようにもったりと重たく沈んでいる。


「……なんでも手に入ると思ったら、急にもっと欲しくなっちゃったの。リックは難易度が一番低いから……どうせならもっと難しい人も落としたくなっちゃった。だから、だから、あの日の私は……」


 今になってシーナは後悔している。ずっと後悔している。あの笑顔をもう、パトリックはシーナに向けてくれないから。


 だからシーナは、最後の攻略対象のフランツだけには、赤い宝石を使わないと決めたのだ。


 心が欲しかったから。

 今度は間違えたくなかったから。


(でも、そんな計画も、もうおしまい。バチが当たったんだ……リックだけが、そのままの私を、好きになってくれたのに)


「今の私はもう、助けてくれないかな……?」


 それでもシーナは、心の中の彼に、すがらずにはいられなかった。

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