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15 分の悪い駆け引き

 フランツが、このタイミングでシーナの前に現れるのは不自然だ。だからシーナはこう思った。


(……私を閉じ込めたのは……フランツ様?)


 イザベルと偶然出会ったように。

 シーナの前に、予定外にフランツが現れた。


 そしてそれは、シーナにとって、見ず知らずの変質者に囚われるよりはよっぽど、幸運に思えた。


(たとえ犯人がフランツ様だろうと、そうでなかろうと、フランツ様に関われたのは運がいいわ。

冷たいように見えるけれど、倫理観の強い人だもの。きっと私を、この檻から出してくれる)


 シーナは希望を持って、ジャラジャラと重い鎖を引きずりながらフランツに駆け寄った。


「フランツ様、助けてください! 私、この中に閉じ込められているんです! 今日、家に帰る途中で誘拐されて……それで私、ずっと怖くて!」 


「鎖を巻き取れ」


 しかしシーナの話をフランツは聞こうともしなかった。フランツから放たれた無慈悲な言葉を聞いて、シーナは鉄格子に触れる前に立ち止まった。


 フランツの後ろに控えていた従者が、巻き取り機を回す。『ジャラジャラジャラジャラ』と鎖が巻き取られ、シーナは強制的に後ずさりをさせられた。


「嫌っ……なんで? なんで? フランツ様!?」


 肩に掛けていたストールが落ちて、シーナの肩や腕がむき出しになる。そうして、部屋の真ん中で両手を上げて、手足の自由を封じられたところで、フランツの「もういい」という指示により、鎖の巻き取りが止められた。


「私に近づくな。これは今後、君がここで穏やかに過ごすための前提条件となる」


「ここで、過ごすって……いつまで、ですか?」


 色んな疑問があふれた。シーナは泣きそうになりながら、必死に話した。


「私、学園に通ってて。家族も、きっと、心配してて……」


「その学園で君は、恋愛ゲームをしていたそうだな? 前世の記憶を元に、私も攻略するつもりだと……そうして、イザベルに手をかけた」


「……イザベル様が、そう話したんですか?」


 その問いに対する返答はなかったが、フランツの反応は関係なかった。フランツがどんな反応をしようとも、シーナは驚きながらこう続けたはずだ。


「どうやって? イザベル様には、ちゃんと『私を手伝って』って言ったはずなのに」


「……なるほどな。だからイザベルは、あれほどまで苦しんでいたのか」


 そして、こっちの独り言のほうには返事があるから、シーナはギクリとした。


(また余計なこと言っちゃった。どうしよう?)


 言わなくていいことまで口に出してしまうのはシーナの昔からの悪癖だ。でも、その癖が治らなかった代わりに、そのあとの会話で十分挽回できる口の上手さが身についていた。


「あの、フランツ様、誤解なさらないでください。私とイザベル様は出会ったばかりですけれど、とても仲良くしていただいてて、イザベル様は、ご自身が使っている練り香水をくださったんですよ?」


「『手伝う』というのは? 君の命令だろう?」


「命令だなんて……平民の私ができるわけないじゃないですか」


(なんで、そんな話を信じているの?)


 荒唐無稽(こうとうむけい)な話だ。ゲームも前世も強制力も。


 理屈に合わないことが嫌いなフランツが、信じることが信じられない。


 たとえイザベルがなんらかの手段を使ってフランツに話すことができたのだとしても……現実的なフランツは『人を貶めるような嘘をつくな』と、イザベルをたしなめるほうがフランツらしい。


 そもそも、フランツ攻略の大前提が《イザベルへの不信感》だ。イザベルが道理に外れた言動を続けると、フランツはイザベルを徐々に見限る。


 そうして、イザベルの嫉妬対象だったシーナへと手を差しのべた日をきっかけに、交流を深めていくのだ。


「『手伝う』というのは……イザベル様みたいな淑女になりたいという、私の希望を叶えてくれるという約束です。偶然お話ししたら仲良くなって」


 だからシーナは、悲しげに微笑んだ。


「私、イザベル様と仲良くなれたと思って嬉しかったのに……イザベル様は、フランツ様の前では私のことを、そんな風にお話しされてたんですね……」


 こんな話のほうが、よっぽど現実的だ。


 イザベルの話を証明できるとも思えなかったし、シーナは即興にしてはなかなか満足な仕上がりになった作り話に、内心ほくそ笑んだ。


「……赤い宝石」

「え?」


 そうして突如発せられた単語に心が縮んだ。

 一方で淡々と話すフランツの表情は変わらない。


「イザベルが話したのは、君を貶めるような言葉ではない……私への警告だった。『赤い宝石に気をつけて』と伝えるために、イザベルは2度気絶した。

喉を掻いて息も絶え絶えになりながら、気を失わないように唇を噛みしめながら、命懸けで君の手の内を伝えてくれたんだ。

……元より、彼女の心の美しさを知っている。

荒唐無稽(こうとうむけい)だとは思わない」


(赤い宝石を使ったから……イザベル様の必死さにリアリティがついたということ? 宝石の力にあらがって、苦しみながら話したから?)


 それでフランツの同情を誘ったのだとしても、証拠はないはずだ。シーナはそこに食らいついた。


「でも、私の持ち物は調べたんですよね? 宝石なんて高価なもの、1つも持っていません……イザベル様の、嘘か、勘違いじゃないですか? 証拠なんてなにもないのに!」


「君は赤い宝石など、手にしたこともないと?」


 その問いに、シーナは返答を躊躇(ためら)った。

 ここで返せる矛盾しない答えなど1つしかない。


「……はい」


 そして、フランツが厳かに告げる。



「残念だ、シーナ・リーファース」



 それは死刑宣告のような響きがあって、シーナは、致命的な嘘をついてしまったことに気づいた。


「……君が君の取り巻きと、度々、闇市に足を運んでいるという情報は以前よりつかんでいた。やたら高値の模造石をいつも買い求めていたようだな……赤い、ルビーを模した石だ。

偽りの『勝利を呼ぶ石』で、まがいものの『恋愛成就』とは……皮肉だな」

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