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13 傾国の魔女

 攻略対象者達の、トラウマまでは話す必要がないとイザベルは考えている。


 だからイザベルは、各種ステータスを上げることで攻略対象者との接点が生まれることと、交流の中で相手が好む言動を選択すると好感度が上がること、ステータスと好感度が一定ラインを越えてから、学園内の特定の場所に向かうと恋愛イベントが発生するといった、ゲームの特性を話した。


 そして、こう締めくくる。


「ですがそれは……私が知るゲームの話です。

シーナ・リーファースは、おそらく、私の知らない新要素が追加された新装版をやりこんでいます。

私が遊んでいた頃にはなかった《アイテム》を使うことによって……対象者全員を攻略することも可能なようです。そして、私を、攻略に利用できるようになっていました」


 イザベルは、体力を酷く消耗していた。

 自分を騙しながら話し続けるというのは、想像以上にイザベルの神経を削り取っていた。


 それでも、止まらない。知ったこと全てを、フランツに伝えなければという使命感が、イザベルを奮い立たせていた。


「……フランツ様、《赤い宝石》に気をつけてください。

それは水に溶け、唇に触れるだけで、体の中に入ります。体内に入ってしまうと、シーナへの仮の好意が芽生えて、シーナにあらがうことが難しくなります……もしも、明確な命令をされてしまったら……例えフランツ様でも、従わずにいることは困難でしょう」


「ああ、善処しよう」


(あと少し……もう少し頑張らなくては)


 朦朧(もうろう)とする意識を、唇を噛んで繋ぎ止めた。


「フランツ様……シーナは、アイテムを……彼女自身と攻略対象者にしか、使えません。あと3ヵ月です……ゲームは終業式に、終わります……それまで、気をつけて」


(言え、た……私の知っている全て、を)


 もう気を失ってもよかった。イザベルは上半身を支えていた腕の力を緩めて、重力のままにベッドに沈もうとした。


 しかしその後頭部はフランツに支えられて、ゆるやかに枕の上へと下ろされる。


「……君を信じる」


 暗闇に意識が沈み込んでいく中で、そんな声が聞こえた気がした。その簡潔な言葉は、なんだかとてもフランツらしくて、イザベルは微笑んだ。


****


(後世の人間を駒にしたゲームか……まるで神のようだな。……いや、本当の神は、作り手のほうか)


 考えるだけで反吐が出そうだ。


 自身の心が、前世の人間達の娯楽の1つとして提供され、自由に転がされ消費されていたなどと。


 だが、イザベルもシーナも悪気はなかったのだろうともフランツは思う。当時の彼女達にとっては、当たり前の娯楽の1つで……そもそも前世では、創作物として楽しんでいただけだ。


 それに、実話を元にした悲劇や喜劇を楽しんだからといって、その観客が責められるのは筋違いというものだ。


(だから、考えるべきは今後の話だ)


 前世で定められた未来など、フランツは当然、歩むつもりはない。それに、このような話はさすがに想定外だったが……この世界には、解明できない大きな力が渦巻いていることを知っていた。


 誰に言われたわけでもない。


 ただ、この世界の歴史が、過去の悲劇が、何世紀にも渡り証明し続けている。


(現在の社会的ステータスよりも、見目や若さが重視される理由がようやく分かった。女性向けの恋愛ゲームだったからだ。……おそらくは、他国も)


 平和とされているこの国も、血の歴史を経て王がすげ替わってから、まだ1世紀半しか経っていない。その頃は世界中で内乱が起きていて、その中心には人をたぶらかす魔性の女がいたとされている。


 とはいえ、ここ数年は他国でもそれほど過激な話は聞かない。


 判を押したように最近よく耳にするのは、どこぞの国の馬鹿王子が身分の低い女性に入れ込んで、真実の愛に目覚めたと騒いでは廃嫡されるという話だろうか。1世紀前と比べるとずいぶん平和なものだ。


(その程度なら、どうでもいいんだがな。……いや、よくないか……イザベルを傷つけたくはない)


 もしもフランツが『イザベルとの婚約を破棄する』などと言い始めた場合は、その時点で王位継承権を放棄するように、以前から既に取り決めている。自身の言動として、明らかに異常だからだ。


 そもそも、イザベルを婚約者に選んだのはフランツ自身だった。大切にしようと決めていた。光だった。イザベルを見失わないでいる限り、フランツは自身がまだ正常なのだと信じることができた。


 自分自身に異常が起きた時に、それを自身が認識できるかさえ、これまでフランツは、わからなかったのだから。


(私が既に、イザベルに攻略されている、という見方もある。だが……傍らでいつも、彼女を見ていた。

一朝一夕(いっちょういっせき)ではない、努力し続ける姿を。つらくても決して弱音を吐かない健気さを。今日だって、イザベルは……気を失うギリギリまで、彼女が手に入れた情報を伝えることに必死だった)


 だからフランツは、イザベルを信じると決めた。

 そして、イザベルの話を前提にすると見えてくるものがある。


 例えば、1世紀半前に玉座を手にした初代王が課した、王位継承に関する不可解なルール。


 王位継承順位の原則非公開と、王は20歳を過ぎたものの中から選ばれる、というものだ。


(非公開としたのは『第一王子』がトロフィーになり得るからだろう……年齢制限をもうけたのは、10代で王位につくことが最も危険だということだ。

だが、不特定多数と日々の大半を過ごす学園生活が危険なことには変わりない)


 イザベルの屋敷をあとにしたフランツは、馬車の中で揺られながら、思考し続けていた。


 誰に見られるわけでもないため、脚を組み、ネクタイも緩めている。


(……しかし仮に学園を潰したとしても、ゲームの舞台が替わるだけなのだとしたら、期限がある分、学園のほうがまだましだとも考えられる。

結局は、堂々巡りだ……なにが正しいのかは、誰にもわからない)


 馬車が自身の屋敷へと到着し、フランツは思考を打ち切った。緩めたネクタイも手慣れた動作で元に戻す。


 そうして屋敷へと向かいながら、横に並び歩く側近だけへ小声で伝えた。


「ツエルブ……シーナ・リーファースを拉致して、地下牢に監禁しろ」


 突然の不穏な命令にも関わらず、ツエルブと呼ばれた側近は動じない。ただ、短く確認する。


「ではやはり、彼女が例の」


「ああ……ようやく確信がもてた。

シーナ・リーファースは《傾国の魔女》だ」

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