12 質疑応答
「フランツ様は、シーナ・リーファースをご存知ですか?」
「ああ。面識はないが、なにかと噂の絶えない女子生徒だな」
イザベルは当初考えていたように、まずは、シーナの噂話から入った。今回は、対策のお陰か赤い宝石の妨害はない。
「ええ。私も今日まで面識はありませんでしたが、あの中庭で私は、彼女とお茶をしました」
「……君らしくないな」
この話の時点で既にイザベルの行動としては異常だったが、質問してここで留まるよりも、話が進むほうを優先したようだ。
フランツは、ただそう感想を言い、イザベルもうなずいて話を進める。
「そうですね……でも、彼女の出したお茶は飲んでいません。彼女から探りたいことがあったので、提案を受け入れたフリをして近づいたんです。
ですが、彼女のほうが一枚上手で、私は敗北しました。私のリボンタイを外したのも彼女です……私は今、シーナに、服従を強いられています」
フランツが空いてるほうの左手で眉間を押さえた。ちなみにフランツの右手は今なおイザベルの左手とゆるく繋がっている。
イザベルは、その手を握り返していいのかどうか判断しがたくて、力を抜くことも入れることもできず、現状維持に努めている。
「すまない、イザベル……一通り君の話を聞いてから疑問を投げかけるつもりでいたが……既に疑問だらけだ。質問していいか?」
「……ええ、どうぞ」
「……服従とは、どの程度のものだ」
「自分の意志に反するものでも、従わされます。
強制力は、強く拒絶すると解けるようですが……シーナの命令を拒絶したダニエル・ニュンケは、立ち上がれないほど消耗して、体勢を立て直すことができない間に、再びシーナの手に堕ちました……中庭で、気絶していた方です」
「君が先ほど倒れたのも、その強制力が原因か?」
「ええ」
「君はなにを、命令された」
フランツの質問で、イザベルの頭の中にシーナの言葉がリフレインした。
そして、命令対策として作った置き換えの言葉を、フランツには絶対に知られたくないという雑念が自己暗示を弱めてしまって、イザベルの中の宝石が反応しかける。
(落ち着いて! 今落ち着けば、まだ、大丈夫)
イザベルは目を閉じて必死に意識をそらし、それから、先ほど作った主語を置き換えた命令を、心の中で噛みしめるように唱えた。宝石の鼓動が収まる。
「……言えません。その、命令から意識を……意図的にそらしながら、今……お話ししています。ですが、命令は……受け取り手の解釈にゆだねられるそうです。それはシーナも知らない抜け道で……エーリッヒ・アスタフェイが先ほど教えてくれました」
宝石の鼓動は収まったものの、馬車での恐怖を思い出し、声が震えた。すると、繋ぐ手に力が込められた。
見上げるとフランツが、真剣な顔でイザベルを見つめている。
「イザベル……なら、これだけは教えてくれ。その命令は、君の命や尊厳を脅かすものか?」
「え? いいえ!」
フランツからの、急に力を込められた手と思わぬ質問に動揺して、とっさにそう応えると、フランツはほっとした様子を見せた。
「よかった。……私の質問が命令に抵触する時は、今のように『言えない』と言ってくれればいい」
「はい……わかりました」
今日のフランツはやはり、いつになく優しい。
と思いきや、フランツのほうはもう切り替えた様子で、次の質問をしてきた。
「君はなにを調べようとした?」
(ここからだ……)
その質問にイザベルも意識を切り替える。
イザベルは肺の中の空気を全て出して、新しい空気を肺に納めると、フランツの深い青の瞳を見つめた。
「自身が思い出した、過去の記憶を確かめるため」
「過去とはいつだ?」
「前世です」
「前世……?」
「はい……私もシーナ・リーファースも、類似するある特定の記憶を持っています……《パトリック・バーリー》《ダニエル・ニュンケ》《エーリッヒ・アスタフェイ》と……恋愛関係になる方法を知っています。ですがシーナは、私よりも多くの記憶を持っていて……フランツ様の攻略方法も、知っているようでした」
「……前世でつちかった知識を『人心掌握に使う』というのなら、まだ理解はできる。だが、なぜ、性格が違い共通点もなく、前世にいるはずのない固有の人物を籠絡できるんだ?」
そんなフランツの疑問に、イザベルはほっとした。
フランツは、イザベルの話す突拍子のない話を、その全てが正しいという前提で聞く姿勢でいてくれている。
「前世の遊びの1つに……選択肢でシナリオが変わる、小説のようなものがありました。私は何度も繰り返し遊んでいました。そしてその登場人物が……フランツ様と私と、先ほどの3名と、シーナでした。名前も立場も性格も、全て同一なんです。
その物語は、シーナを中心に成り立っていて……目的は、登場人物と恋をすることでした」