■「評価は☆5限定でお願いします」
一叶はそれから1週間ほど宿泊を続けた。
「いくらうちが格安とはいえ、さすがに金の方は大丈夫なのか?」
モーニングセットを食べている一叶に、カウンター越しに質問を投げかける。
「んー、まあ、そろそろお小遣いの方も尽きそうですけどね」
「こっちも慈善事業じゃないんだから、ただでは泊めさせねえぞ」
初日は不憫に思って奢ってやったが、それ以降は一叶の自腹だ。
「うーん、それは困りましたね」
「親に文句言えないのか?」
「あはは……子供の言うことを聞くような親じゃないですよ」
同情はするが、赤の他人の家庭に干渉するわけにはいかない。積極的に動くべきは俺ではなく行政だろう。
「虐待ってなら児相(※児童相談所)に訴えるってのもできるが」
「ま、虐待までは行ってませんからね」
「10代の子供に対しての育児放棄も『虐待』に入るぞ」
高校生とはいえ、子供の世話をするのが親の役目であろう。一叶の様子だと、子供がいなくなってもあまり気にしないようにも感じた。
「わたしはあまり干渉されるのも好きじゃないんで、訴えたあげく、親が改心して干渉されまくったら、それはそれでイヤすぎますよぉ。そうなったら恨みますよ」
「……」
それもそうだな。
「あ、そうだ。いい方法があります。先輩の――」
「却下!」
一叶のことはだいたいわかってきたからな、予想はつく。
「まだ、何も言ってませんよ」
「俺の部屋に泊めろっていうんだろ? 俺を犯罪者にする気か!」
「部屋の作りはおんなじなんですよね。どこに泊まっても変わりませんよ」
「却下!」
「先輩、優しくないです」
「そもそも、俺と一叶は赤の他人だ」
しかし、困った母親だ。こういう場合は、親に自覚してもらうべきなんだが、俺が言うのもおかしいよな。母親に「あんた誰?」と不審がられるだけだ。
そもそも恋愛は自由だ。父親がいないのだから、誰と付き合おうが母親の勝手だろう。
「一叶ちゃん。登校したら、これ月音に渡しておいて」
雪姉が一叶にファイルのようなものを渡すと、それをニコリと受け取る。
「わっかりました。雪姉さま」
なんか違和感のない会話だな。
「雪姉、いつの間に一叶と仲良くなってるんだ?」
「あらあら、そんなに珍しいことじゃないでしょ? 亮ちゃんだって一叶ちゃんと仲良しになってるじゃない」
「一叶とは仲良しじゃねえぞ」
「あ、先輩、ひっどぉーい」
一叶との関係は月音との関係に似ていた。肉親のような感じだ。言うなれば妹のような感じか。弟しかいないからわかんないけど。
時々ウザくはなるが、そこそこの心地よさもあった。それはある程度、距離を置いて付き合っているせいであろう。
そう思っているのが俺だけであることに、この時点では気付いていなかった。
**
「ね、亮ちゃん」
クロージング作業をしていると、雪姉が声をかけてくる。
「どうしたんですか?」
「今、ヘルプで花音に入ってもらってるけど、あの子も今年受験なのよね」
そういえば3年生だったもんな。
「そうですね。負担、大きいですよね」
「レンちゃんがいてくれればよかったのだけど」
「あの子、就職が決まってましたからね」
レンちゃんというのは、少し前まで働いていた大学生の女の子だ。豊満な胸が特長的で、雪姉に次ぐ集客力を持っていたという。
まあ、ブックカフェで店員目当てだったかどうかは、俺の私感でしかないが。
「だから、新しいバイトの子を雇おうと思うの。いいかしら?」
「良いも悪いも、ここは雪姉の店じゃないですか?」
「新人の指導は亮ちゃんにもお願いしたいからね」
「あ、そういうことですか。別に構いませんよ」
「そう、ありがとう」
「で、求人は例のとこに頼むんですか?」
繁忙期なんかは臨時バイトをネットの求人広告に載せている。今回もそれでいくのかな?
「ううん、もうバイトの子には目を付けているの」
「知り合いの子ですか?」
「亮ちゃんも知ってる子よ」
背筋がぞぞっとくる。これは嫌な予感であり、この勘はよく当たる系統のものだ。
「まさか」
「そう岩神一叶ちゃん。あの子、この店で働いてもいいって」
「いつの間に一叶と話したんですか?」
「昨日、亮ちゃんがいない時にちょっとね。それに私、彼女とLINEしてるから」
「はぁー、そうですか」
まあ、あいつの人間関係をきちんと把握しているわけじゃないからな。
「そういうわけで、亮ちゃんさえ問題なければ明日から働いてもらう事になるわ」
急な話ではあるが、花音が受験生だってのは事実だしなぁ。無理をさせるわけにもいかない。
「わかりましたけど……」
何か釈然としないというか、モヤモヤするな。
「何か問題ある?」
「いえ、ただ、あの子に接客とかできますかね?」
「かわいらしい子じゃない。あの子目当てのお客さんとか増えそうじゃない?」
「ははは……まあ、それは否定しませんけど」
一叶の容姿については異論はない。ただ、あのワガママな性格が接客に向いているとは思えない。あいつは……いや、逆に向いているのか。
ダミーの部活を作って、男子たちに愛想を振りまいているのだからな。
ただなぁ……。
俺が一叶の指導するのかよ。
なんというか、微妙な気持ちだ。
適度な距離を保つのが難しくなってしまうではないか。
**
閉店後の店内。
「着替えてきました」
奥の事務所から出てきたのは、メイド服を着た一叶だ。
ど派手な萌え系メイド服ではないので、違和感は全くない。着させられている感すらなく、カフェの空間にしっかりと馴染んでいた。
「一叶ちゃん、似合ってるわよ」
「ありがとうございます。雪姉さま」
はにかみながら軽くお辞儀をする一叶だが、すぐに俺の方を向いてこう問いかける。
「先輩は、何か感想はないんですか?」
「感想? なんのメリットがあってそれを言わなければいけないんだ?」
「褒めてくださいよ」
「褒めるの限定かよ! 感想だろ。言わない自由も認めろよ」
「わたしは褒めて伸びるタイプなんです」
「今日はただの衣装合わせだろうが。それ、もともと他の従業員が着ていたものなんだから、似合うか似合わないかじゃなくて、動き易いか動きにくいかだ」
「それは大丈夫だと思いますよ」
「じゃあ、俺が言うことはない」
「先輩はわたしの上司になるんですから、わたしへの評価は大切です」
「感想じゃなくて評価でいいのか?」
「あー、言葉のアヤですよ。評価は☆5限定でお願いします」
「やっぱ褒めるの限定じゃねえか」
俺たちのそんなやりとりを見て、クスクスと笑う雪姉。
「一叶ちゃん。後ろ向いて」
雪姉が一叶に近づいて、そう指示する。彼女は「はーい」とくるりと背を向けた。
「サイズぴったりですね」
「レンちゃんのお古だけど、これなら仕立て直さなくてもオッケーね」
一叶と彼女は、背丈は同じくらいだったので似合うだろうという雪姉の見立てはぴたりと当たった。
ちなみにここはチェーン店ではないので、メイド服は叔父が作っている。と説明すると、まるで叔父は変態のように聞こえるが、もともとデザイナーであり、アパレル業界で働いていたこともあるのだ。
「こういう服って憧れだったんですよね。自分で着てみないとわからないところとかあるじゃないですか」
「わからないところ?」
一叶が独自の感覚で俺に説明するから、言葉の意味を読み取れない。
◇次回「先輩はわたしの手のひらで転がされるべきなんです」にご期待下さい!