■「やったー! 先輩のオムライス食べられるんですね」
「で? なんで来たんだ?」
カウンター席に座るのは岩神一叶だ。
「いちおうお客なんですけどぉ」
閉店直前のこの時間に彼女は現れた。
「オーダーストップの時間なんですけど。お客さま」
店は20時閉店。そしてその30分前の現在、新規の注文はできないのが店の規則だ。閉店準備があるので、この手のことはわりとよくあるだろう。
「昼間のこと、説明したくて」
「昼間?」
校内で俺が一叶を見かけたときのことか?
「まさか、あんなところで先輩に見つかるなんて思ってもみなくて。聞いたら、デリバリーで職員室によく出入りしてるって」
「まあ、あそこの鹿島って教師は俺の従姉妹だからな、というか、ここの店長の妹だ」
「え? かしま先生って先輩の親戚だったんだ」
一叶が驚いたように呟く。
「ついでに言うと、3年生の鹿島もそうだぞ」
「か……しま先輩は、わたしと学年違うからあんまり話さないけど」
「まあ、そんなことはどうでもいい。なんで来たんだ?」
「だから、説明を」
「それこそどうでもいいだろ。俺とおまえは他人なんだし」
「だって、前に友達いないっていったじゃないですか。それなのにあんなところ見られて誤解されたかもって」
「別に誤解されてもいいだろうが」
「誤解は……いいかもしれませんが、嘘つきって思われるのはイヤなんですよ」
変なところでプライド高いのか?
「まあ、いいや。話したいなら話せ。コーヒー一杯くらいなら奢ってやるよ。オーダーじゃないから気にすんな」
店内には、奥に一組だけ客がいるがこちらのことは気にしていない。
「あ、ありがとうございます」
「で、言い訳は?」
「言い訳ってヒドいですよ。あの子たちは、同じ部活の子で」
「部活?」
「モノガタリケンです」
どんな意味を持つ漢字があてがわれているのかも予想が付きにくい。
「どんな活動してるんだ?」
「アニメとか漫画とか小説とか、そういうのを見たり読んだりして考察し合うみたいな」
ああ、なるほど。漫研とか現視研の類ね。
「物語の研究ね。ということはオタクサークル系か」
「オタクってのは否定しませんけど。ええ、だから先輩が見た男の子たちは『その関係者』ってことです。友達ってのとは違いますね」
うわ……。俺は、とあることを連想してしまう。
「今の説明で俺がどう思うかわかるか?」
「友達のいない陰キャな奴なんだなぁって『哀れみ』ですか?」
こいつは無自覚すぎる。
「違うわ! 一叶のその状況は、どう見てもオタサーの姫じゃねえか!」
サークル内で姫扱いされてチヤホヤされているのが安易に想像がつく。
「あ、なるほど」
「納得してるんじゃねえよ。女子は一叶以外にもいるのか?」
「わたし一人です。中学の時も、似たような部活を作ってましたが、ちょっと崩壊しちゃいましたけどね」
サークルクラッシャーかよ!! 凶悪すぎるぞ。この子。
「無自覚だといつか痛い目に遭うぞ」
勘違いした男どもの末路なんて、想像するだけで面倒くさそうだ。
「わたしは好きでサークルを作ってるわけじゃありません。これは自己防衛のためです」
「自己防衛? 何から守るってんだよ」
「わたし、わりといじめに遭うんですよ。同性から。だからしょうがないじゃないですか」
イジメから身を守るのに一番手っ取り早いのは味方を作ることだ。
陰湿なものには対応しにくいが、あからさまなものからは身を守れるだろう。だから、その理屈はなんとなく理解できてしまった。
「けど、異性の味方だと守れる限界もあるだろ」
女性同士の陰湿なイジメには対応できない。それどころか変な噂が広がってますます孤立していく。
「わかってますよ。でも、最悪な状況を避けるためにもサークルの子たちを利用するしかないんです」
心がざわつく。今の言葉は見逃せない。
「おい、おまえ、今『利用する』って言わなかったか?」
「おまえって呼ばないでください。一叶です」
「それは悪かったが、いや、そうじゃなくて。一叶は部活の仲間を利用しているのか?」
人間は物じゃない。そんな扱いをしたら……そんな発言をしたら反発される。それは致命的な傷を本人に与えるかもしれない。
「ええ。所詮、部活動の仲間です。友達ではありません。しかも、わたしのかわいさだけを目当て入ってくる人もいますからね。そんな人と親しくなれと?」
「入り口は一叶でも、どっぷりとディープな道にハマる男子もいるかもしれねえぞ。おまえはアニメや漫画がそれなりに好きなんだろ? 同じ趣味なら友達になれるかもしれないだろ」
「そう思っていた時期もありました」
彼女は目を逸らして、遠くを見るような表情をする。わざとらしくもあるが。
「10代のくせに人生悟ってるんじゃねえよ!」
「中学時代にそれで懲りてるんです。信じたあげく裏切られてサークル崩壊ですよ」
笑えない。こいつに多少問題はあるかもしれないが、苦労人であることは間違いはないだろう。
外野の俺が、ああだこうだと文句を言うのも筋違いか。俺は赤の他人なのだから。
「悪かったな。深く入りし過ぎたよ。プライベートなことは訊かないつもりだったんだけどな」
「いいですよ。もともとわたしのちっぽけなプライドを保つために説明に来たんですから、宿泊のついでに」
「は?」
こいつ、さりげなく重要なことを付け加えただろ。
「今日はお金持ってきましたよ。昨日立て替えてもらった分もお払いしましょうか?」
「泊まるの?」
「ここって宿泊施設ですよね?」
「正確にはここの上だけどな」
「お客さんですよ」
「それ言われると、なんもいえないって」
家庭の事情はなんとなくわかる。だから追い返すわけにもいかなかった。
「あら、今日も泊まっていくの」
話に夢中で気付かなかったが、一組いた客はすでにもういなく、雪姉が『CLOSE』の看板へと変更して戻ってきたところだった。
「ええ、よろしくお願いします」
「一叶ちゃんだっけ? 夕食まだなんでしょ? 消費期限の近い卵があるから、亮ちゃんが賄いでオムライス作ってくれるそうよ」
雪姉のその提案に、一叶の顔がぱぁっと明るくなる。
「ここの特製オムライスですよね。一度食べてみたかったんですよ」
「特製オムライスじゃねえよ。ただの賄いのオムライスだ」
必死の抵抗に、雪姉はやんわりと俺を追い詰める。
「どっちも亮ちゃんが作るんだから中身は一緒よ。まあ、デコレーションが派手じゃないけどね」
メニューの特製オムライスはケチャップでのデコレーションには気合いを入れている。店のロゴをソースで再現するのはわりと集中力がいる。だから、たまに作る賄いオムライスはそこらへんが適当だ。
「でも、もう閉店で」
俺が反論しかけると雪姉がいつもの笑顔でこう答える。
「常連になりそうなお客さまなんだから、大切にしてあげないと」
といってもただの高校生だぞ? まあ、店長命令なら別に逆らっても仕方が無い。まあ、命令というよりは雪姉らしい慈悲なんだと思う。
そういう優しさに、俺は昔から惹かれていたのだ。
「わかりましたよ」
「やったー! 先輩のオムライス食べられるんですね」
「やったー……じゃねえよ」
俺はしぶしぶと作業に入る。
「クロージング作業はわたしがやっておくから、その子の話相手になってあげなさい」
雪姉の優しさが心に染み入る。また惚れ直しちゃいそうじゃないか……。
「でも、帰るの遅くなっちゃいますよ」
「だいじょーぶ、今日、悦司さん、遅いみたいだから」
雪姉の口から旦那の名前がこぼれる。俺は、その度に未練がましく心を痛めるのであった。
初恋なんて叶うわけがないのだから。
◇次回「もっと褒めてください」にご期待ください!