■「不審者として通報する!」
「じゃあ、それで」
雪姉は即答する。まあ、雪姉がやりたいなら俺も文句は言えない。
「男性の方はこちらへどうぞ」
といって、衣装を渡され、隅にある半畳程度の着替えブースへと入る。
ヘアバンドに上からすっぽり被る服にグローブと革のベルトにブーツ。着替えて出ると、盾と剣を渡される。もちろん模造品ではあるが。
着替えてから気付いた。これはゲームでよくある勇者の格好だ。
俺の方が着替えが早かったので、雪姉を待つ。数分後、中から出てきたのは修道女。いや、ゲームなら僧侶というわけか。回復役の要だ。
「尊い……」
思わず祈りを捧げたくなるような姿に、俺は心を奪われる。
それからは夢のような時間だった。二人で並んで、お決まりのポーズを取りながら撮影される。雪姉も楽しそうだったので、俺としても大満足だ。
帰りにシールタイプに出力された写真を受け取る。
雪姉が「あとで、月音と花音に見せましょう」と嬉しそうに言ったので、なんだか心がほっこりする。いや、花音に見せたら、ますます俺は嫌われるだろうな……。
寄り道したが、次は花音に会いに行く。
階段を上って3階に彼女の教室はあった。その前では、大きな卵の形の着ぐるみを着た男の子が客引きをやっている。
「不思議の国のアリスのコンセプトカフェです。店内撮影オッケーです。SNSでの拡散希望でーす!」
コスプレカフェのようなものか。だとすると、あのハンプティダンプティもどきの彼は、あの格好で給仕ができないものだから客引きにまわったようだな。
そんな彼を楽しそうに雪姉がカメラに収める。男の子の方も、ハイテンションでポーズを決めていた。
中に入ると席へと案内される。案内役はかわいらしいアリスだった。
「ど、どうぞこちらへ」
ぎごちない動きで俺たちを案内するその子の姿に雪姉がくすりと笑う。
「私も昔はこんなんだったかしらね」
そういえば、まだ叔父が店長として店にいた頃だ。
雪姉がお手伝いとして初めて接客をやったときは、緊張して動きが固かった気がする。月音なんかは無責任に笑ってたなぁ。
あれは俺と月音が中一で、雪姉が高一だった頃の話である。
席についてから、メニュー表を見る。が、飲み物は紅茶一択だった。まあ、コンセプトカフェだし、不思議の国のアリスでコーヒーはないか。
俺たちはケーキセットを注文し、しばらく食べながら談笑する。
「そういえばあの子。男の子じゃない?」
雪姉が指差したのは、俺たちを迎えてくれたアリスの子だった。
「え? そうなの」
「動きがぎこちないだけかなと思ったけど、歩き方が、ね?」
股に余計な物がある生物とないものでは、微妙に歩き方に差が出るだろう。それに雪姉は気付いたようだ。
「そんなに化粧しているようには見えなかったけど」
「若いからできるのよねぇ。羨ましいわぁ」
と、雪姉はアリスの子に見とれるように彼を視線で追う。
「雪姉も十分綺麗なんだけどね」
「あら、ありがと。亮ちゃん」
俺が褒めたところで軽く受け流される。恋愛対象じゃないってのは、もう何年も前から思い知らされている。
だというのに、なぜか引きずってしまう。
「雪姉、来てくれたんだ。嬉しい」
休憩時間だということで花音がやってきて席に座った。ただ、着替える時間はなかったのか、コスプレしたままだ。
「花音、その格好、かわいらしいわね」
彼女の格好は、白ウサギをイメージしたものだろう。兎の耳の付いたヘアバンドに、バニーガールの衣装。いちおう、キーアイテムである懐中時計も腰辺りにつけてある。
「雪姉あまり見ないで、恥ずかしいんだから」
「いいじゃない。これも学生時代のいい想い出よ」
黒歴史にもなりそうだけどな。
「あと、亮にぃ! 視線がキモい」
ようやく俺の存在に気付いたか。遅すぎるぞ!
「観られるために来てるんだろうが。そのためのコンセプトカフェなんじゃないのか?」
「うるさい。不審者として通報する!」
「いちおう俺もチケット持ってるんだけどな」
「亮にぃは招待してないもん」
ぷいっと拗ねる花音。これがツンデレなら嬉しいが、ガチなのがつらい。
「花音。恥ずかしいのはわかるけど亮ちゃんに当たるのはよくないわよ」
「だってぇ」
花音に嫌われているのはわかっているので、早いところ退散するか。
「雪姉。そろそろ一叶の劇が始まるみたいだからさ、俺行ってみるわ」
「そう、じゃあ、わたしは花音と少し話していくわね」
雪姉とはそこで別れて、俺は二階の第二会議室へと行く。ここは物語研が出し物をやるのに使うスペースだった。
小規模の劇なので、会議室を割り振られたのだろう。
入り口には明らかにクオリティの高いアニメ調のイラストが掲げられている。中央の白雪姫の周りに、オタクっぽい男子生徒がそのまま群がるという構図。一叶が描いたのだろう。
タイトルは『白雪姫と七人のオタク』。
中には、ぽつぽつと人が集まっていた。舞台は教壇をそのまま利用しただけのものなのでかなり狭い。ほとんど会話劇というようなことを一叶からは聞いていたので、問題ないのだろう。
時間になり、室内が暗くなる。
「ただいまより、物語研究会による『白雪姫と七人のオタク』を始めたいと思います」
司会をするのは、俺に突撃してきた鈴木くんだ。まあ、あの取り巻きの中じゃ、一番肝がすわっているのかもしれない。それで目立つ司会に抜擢されたのだろう。
舞台が始まる。
「むかしむかし、冬のさなかのことでした。雪が、鳥の羽のように、ヒラヒラと天からふっていましたときに」
司会が導入の説明を朗読し始める。でも、それは白雪姫の冒頭部分そのままであった。
さらにあの有名な「鏡や、鏡。この国で誰がいちばん美しいか、言っておくれ」を王妃の姿にコスプレした男子生徒の一人が演じる。
中盤までは原作の童話と同じ展開だった。小人がオタクへと変更されただけの話である。
「なんだよ。もっと大胆なアレンジを期待してたのに」
思わず苦言がこぼれてしまった。
そして白雪姫が登場。一叶のコスプレだけレベルが段違いだった。観客からも感嘆の声が上がる。まあ、元が美少女だからな……ってあれ? 俺も毒されてる?
そして物語は進み、おきまりのリンゴの毒で白雪姫は眠ってしまう。
問題はここからだ。このシナリオを書いた奴が王子様を出すとは思えない。王子役があるとしたら、熾烈な争いとなるだろう。
だが、ここからは脱力するような展開となった。
姫は気合いで起き上がると、オタクたちを引き連れて女王の討伐へと向かう。そして王妃であり継母を倒し、王座に就くのだ。
これでめでたしめでたし……うん、文化祭だからな。仕方ないよな。しょせん子供の考えたお話だ。
一叶がシナリオの内容に諦めて『悟りを啓く』のも無理はない。
客席からはパラパラとした同情の拍手。すべての観客が俺を含めて失笑している。
劇が終わって、観客が出て行く。何人かは生徒たちの知り合いだったらしく、話しかけている奴らもいた。
舞台にいる一叶と目が合う。彼女は軽く会釈するだけだった。
まわりを気にせずぐいぐいと来ると思っていただけに拍子抜けだ。いや、俺は彼女にそう来て欲しかったのか? 来たら来たで彼女の行動に文句を言っていただろう。
『公衆の面前だ。取り巻きの男たちのことも考えろと』
実際にそれを言わないで済んだのは、彼女がわきまえていたからかもしれない。
俺はそのまま外に出ると、パンフレットを見ながら、次はどこに行こうかと考えるのだった。
「亮!」
背中から知った声がする。
振り向くと月音がいた。彼女はここの教師なのだから、いて当たり前だ。
「なんだ月音か。ここの教師連中は出し物しないんんだっけ?」
「生徒の出し物を手伝う先生もいるけど、基本的には文化祭期間中は見回りよ」
「生徒が羽目を外さないようにか?」
「そうよ」
「おまえ、高校の文化祭で羽目を外しすぎてケガして、坂本先生に叱られてたよなぁ。そんな月音が今度は見回る側とはね」
「なによ?」
「いや、頑張れよ」
「わかってるって」
月音とは一瞬の邂逅で終わる。それもまた心地の良い関係でもあった。
雪姉を探してさっきのコンセプトカフェに戻ったが、すでにどこかに行ってしまったらしい。花音もいなくなっていた。
スマホをとりだして連絡しようかとも考える。
が、雪姉もまたここの学校の卒業生なのだ。もしかしたら、当時いた先生や、友人にこの学校内で出逢っているのかもしれない。
そう考えて放っておくのがいいだろう。
そんな時に、雪姉を一階の廊下で見かける。
誰かと話し込んでいるようだ。雪姉より年上の女性で、30代後半から40代くらいだが、俺の知らない人である。だから、水を差すのも悪いなと声をかけないことにした。
さらに進んでいくと、廊下の窓から中庭が見えるのだが、そこに一叶と花音の姿を見かける。
花音の前では一叶は相変わらず頭が上がらないようで、俯いていた。花音の表情は険しいもの。一叶の表情は見えない。
叱られているようにも見えるが、たぶん、さきほどの劇についてダメ出しをされているのだろう。花音は先輩だし、演劇のことに関しては厳しい面もあるからな。
ただ、何か引っかかるような感覚があった。それが何かはまだ言語化できない。
◇次回「少女は救われるんですね」にご期待下さい!




