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■「そりゃプリンに釣られてです」


 最近、一叶いちかが元気がないように思えた。


 絵に集中しすぎて寝不足なのかもしれない。といっても、俺が注意したところで聞くような性格じゃないからな。


「行ってきます」


 美浜高校からのデリバリーの注文があったので、俺は保温バッグを持って出かける。


 学校に着くと月音が対応。


「ご苦労さん!」

「今日はずいぶん注文数が多いよな」


 いつもは10人くらいだが、今日は30人分だった。これまでの布教ではじわじわとしか伸びなかったのに。


「会議があるのよ。で、予算出るから会議に出る人全員分頼んだってわけ」

「会議でデリバリーのコーヒーか。贅沢だな」

「まあ、そこは私立の強みってやつ。公立だったら税金云々で叩かれるだろうけどね」

「なるほど」

「あ、亮さ。最近、ヤガミさんと仲良くなったんだって?」


 ヤガミ? ああ、岩神やがみ一叶いちかのことか。


「なりゆきだ」

「別に学校としては咎める気がないから安心してよ。付き合ってるわけじゃないんでしょ?」

「そりゃそうだよ」


 付き合ってたらどうするんだよ。まあ、それはないけどさ。


「最近、あの子元気ないみたいなの」

「寝不足だろ?」

「そうじゃなくて、何か悩みがあるみたいなの。わたしが聞いても気を遣って話してくれないのよ」

一叶いちかが気を遣うのか? それ別人だろ?」

「あの子、いい子よ。それで、亮ならあの子の悩みとか聞いてあげられるんじゃないかって思って」

「俺が? なんでだよ?」

「あの子あんまり他人に心を開かないのよ」


 俺に対しては遠慮無しに物を言ってくるんだけど……。


「まあ、考えてみればあいつ、特定のやつにしか本音をもらさないのかもな。先生の前ではいい子ちゃんみたいだし」

「大人として導いてあげて。亮ならそれができるでしょ?」


 なんか買いかぶりすぎのような気もするが。


「まあ、問題を解決できるかどうかはわからないけど、話は聞いてみるよ」

「ありがと。解決に関しては亮はこだわらなくていいわ。話を聞いてあげることの方が重要よ」

「そんなもんかね」

「じゃあ、よろしく」


 俺は職員室を離脱する。


 帰りに一叶いちかを見かけた。相変わらず男子達を従えていた。その中の少年の一人がこちらを睨んでいた。


「あいつ、この間、うちに突撃してきた奴か」


 恋敵とでも思っているのだろうか? まったく、めんどくせーな。



**



一叶いちか。いるんだろ?」


 夜、彼女の部屋を尋ねる。


 仕事中は悩みを聞けるような状況でもなかったので、こうして改めて一叶いちかと話をしようとしているのだ。


「先輩ですね。今開けます」


 扉が開いて一叶いちかが姿を表す。ジャージ姿のラフな格好だ。顔は眠そうである。


「店で使うプリンの消費期限が迫っててな。食うか?」


 彼女の顔がぱっと明るくなる。


「食べます食べます。それパフェ用のやつですよね」


 アイシス特製パフェはプリンをメインとしたものだ。よくプリンアラモードと間違えられるが、細長いグラスを使って盛りつけられているので、プリンが入ってようがパフェなのである。


「そういうこと」

「どうぞお入りくださいくださいませ」


 まるで一叶いちかの態度は接客の時のようだ。


「なんか、いつもとテンション違うぞ」

「そりゃプリンに釣られてです」


 俺は中に入ると、遠慮無く部屋の真ん中にどかりと座る。


 しばらく無言でプリンを食す。いくらプリンを堪能したいからといって、ここまで無言になる一叶いちかも珍しい。


「いつもより元気ないな。なんかあったのか?」


 俺はストレートに聞くことにする。一叶いちかとの間に駆け引きなんて不要だ。いつだって、本音でぶつかってきたのだから。


「あはは、なんでそう思うんですか?」


 月音に言われて――なんて切り出したらこいつは誤魔化すだろう。悩みが俺を通して教師まで筒抜けになるからな。


「元気ない。というより、凶悪さのキレが甘い」

「それを言われると……まあ、その通りですか」

「絵のことで悩んでいるのとは違うんだろ?」


 今朝だって、登校前に昨日描き上がった絵を得意げに俺に見せていた。


「……そうですね。これは他言無用でお願いしたいんですけど」


 ようやく一叶いちかが重い口を開く。


「わかった」

「ちょっと前から学校で私物がなくなるんですよね」

「窃盗じゃないか!?」

「まあ、盗られる物も些細なものが多かったんです。ボールペンとか消しゴムとか」

「お、おお……」


 確かに金額で言えば微々たるものだ。


「ただ、最近は盗る物がエスカレートしてきて。バッグとか体操着とか、替えの下着とか……」

「たしかにそりゃ困るよな」

「まあ、ボールペンとかは、部室に置いておいて皆で共用していた感じですから、盗られても構わないと思っていましたし、実際、誰が盗ったかも知ってます」

「なんだよ。犯人わかってるのか?」

「あくまで、ボールペンを盗った犯人ですよ。といっても、本人自覚はないと思いますよ」

「誰なんだ?」

「鈴木くんっていう同じ部活の子で、わたしのこと好きなんだなってオーラを隠せずにいた子なんです。よくあるじゃないですか、好きな子の持ち物を手に入れて喜んじゃう子」


 肯定するのはやぶさかではない。が、理解はできる。


「まあ、よくいるわな。その鈴木くんってどんな子なんだ?」

「うーん、思い込みが強くて、部活の中ではわりと背が高いほうでしたね。といっても、体育会系みたいながっしりした感じではなく、ひょろっとした痩せ形です。顔はフツメンかなぁ? でも、一部の女子には人気があるかも」


 ん? なんだか、とても最近会ったような気がする容姿である。一度しか取り巻きを見ていないが、その条件に該当するのは彼は一人だろう。


 なるほど……俺の所に突撃してきた奴か。


「ああ、あいつか」

「彼を知っているんですか?」

「前に俺のところに来て『岩神さんをたぶらかすな!』って喚いていた」

「あー、鈴木くんって思い込み激しいですからね」

「そいつが犯人だとわかっているなら、さっさとつるし上げればいいじゃん」


 俺が冷ややかにそう言うと、一叶いちかのの表情は本当に申し訳なさそうな、小悪魔らしくないものに変容する。


「ボールペン自体は盗られても問題はないし、だからそれを公にするつもりもありません。まあ、わたしもあの子の気持ちを利用している人間ですからね」

「でも、ボールペン以外にも盗まれてるんだろ?」

「たぶん彼は、一連の窃盗の真犯人ではないと思います」

「どうしてそう言い切れるんだ?」


 俺は素朴な疑問を投げつける。


「部活のみんなで一緒に行動して、教室に戻ってきたときにバッグがまるごとなくなってたんです。鈴木くんも一緒でしたし、彼の仕業ではありませんね。ボールペンは偶然手にしただけだと思いますし」

「まあ、ボールペンとバッグ丸ごとでは、被害の度合いがまったく違うからな」

「ええ、今日なんて下着を盗まれました。だから今ノーブラなんです」

「へ?」


 一叶いちかはニヤリと笑う。そうやって胸元へと視線を誘い「先輩のエッチ!」なんて使い古されたシチュエーションを再現しようという気か?


「先輩、興味ありますぅ?」

「そういえば、さっき『替えの下着』とか言ってたよな。だったらノーブラはおかしいんじゃね? 単に俺をからかってるだけだろ?」


 こういう場合は狼狽せずに落ち着いて対処。一叶いちかの扱いは慣れたもんだな、俺。


「あはは、バレましたか。でもまあ、替えの下着を盗まれたのは本当です」


 笑いながら話しているが、よくよく考えれば深刻な問題だ。



◇次回「もしかして、わたしと間接キスをしたいと?」にご期待ください!

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