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■「さすが先輩です」


 毎週水曜日はカフェ『アイシス』の休業日だ。


 とはいっても、宿泊客がいれば、その対応に迫られる。が、今は一叶いちかしか宿泊していないし、彼女は昼間は学校に行っている。


 夕方までは完全にオフだ。


 とはいっても、休みだからといってやりたいことはない。もともとインドア派であるし、午前中はだらだらとして昼は近くのファミレスに行く。


 そしてソシャゲをやりながら、無為な時間を過ごす。


 なんて贅沢な休日の使い方なのだろう。なんだか、涙が出てくる。


 小説を書くのをやめてから、俺はまっとうに生きてきたつもりだ。


 高校時代に小説で失敗してからは真面目に勉強をして大学に入学し、就職して真っ当に仕事をしてきた。


 わりと精神論が強い仕事場だったし、徹夜なんかも当たり前だったよな。あの頃から、俺の趣味はスマホで手軽にできるソーシャルゲームで、それが唯一だった。


 精神を病んでいたのだからしかたがない。小説という半身を失って、俺は生きるバランスを欠いていたのかもしれない。特に趣味を持てなかったのもそのせいなのだろう。


 そんな俺を心配してくれた雪姉に助けられて、数年前から『アイシス』で働かせてもらっている。


 とはいっても、淡々とソシャゲで遊ぶくらいしか楽しみはなく、休みを無駄に過ごすという生活習慣も変えられないでいた。



「せっかくの休みだというのに、また無駄な時間を過ごしてしまったぜ」


 そんな独り言を呟きながら家に戻ると、二階へ上がる階段の前に長身の学生がひとり立っていた。


 気の弱そうな、どこかで見た覚えのある顔。


 不審の目を向けながら、その横を通り過ぎようとしたところで、急に胸ぐらを掴まれた。


「おまえが岩神さんをたぶらかしてるのか?!」

「は?」


 一叶いちかの名前を出すと言うことは、こいつは部活の仲間の一人か。そういえば、前に彼女に群がっている男子の一人として見たことがあるかもしれない。


「彼女を部屋に泊めてるんだろ? いいのか? 犯罪じゃないのか? 通報するぞ」


 めんどくせー……。


「なんか勘違いしているようだけどな。ここは宿泊施設だぞ。彼女の意志で泊まってるだけだ」

「嘘だ!」

「そこに掲げてある看板見ろよ」


 俺は、建物の壁に貼り付けられた「住宅宿泊管理業者登録票」を指差す。


「え?」


 ここで俺のことを待ち構えてたのなら、それくらい観察して見つけろよな。


「おまえさ、彼女がなんで家出してるか知っているのか」

「家出? おまえが騙して連れ込んだんじゃないのかよ!?」

「知らないなら口出すなよ」

「なんでだよ。俺は彼女の友……仲間で心配してるんだよ」


 少し顔を赤らめる少年。一叶いちかに惚れてるってわかりやすすぎるな。


「事情もわからないうちに突っ走るような奴は、やっぱり信用ならないよな。俺だったらそんな奴に相談はしないもんな」

「……」

「彼女から相談されない時点で、おまえは頼りにならないってことなんだよ。それよりもいい加減に腕を離してくれないか?」

「……」


 彼は無言で手を放す。こういうときは「すみませんでした」くらい言ってもいいと思うんだけどな。ただ彼は自身のプライドを守る為に、あくまで自分は悪くないと考えているのだろう。


「おまえさ、あの子のこと好きなんだろ?」

「……」


 こくりと頷いたまま、俯いてしまう。


 さて、一叶いちかのためにも、こいつをもうちょっと追い込ませてもらおう。あいつ、ちょっと調子に乗りすぎてるからな。


「だったら、もっと真剣に向き合った方がいいぞ。こんな陰険に、ライバルかもしれない人間を排除するようなやり方じゃ、とてもじゃないけど好意どころか、仲間としても認めて貰えないぞ」

「……」


 これだけ言ってもダンマリを決め込むか。


「あのさ、ここって防犯のためにカメラを設置しているんだよ。で、その映像を彼女に見せたらどうなるかな?」

「!」


 少年はハッと顔をあげて俺を見る。彼女がどう思うかを理解したようだ。


「まあ、おまえがこれ以上変な事をしないのであれば、今日のことは黙っててやるよ」

「……わかりました」


 と振り絞るように声を出す。なにがなんでも謝りたくないのか? まあ、いいか。


「消えろ!」


 俺は少年に背を向けると階段を上がっていく。せっかくの休日が胸くそ悪くなるところだった。


 これであの少年が積極的に一叶いちかに好意を向けることになって、それを彼女がどう受け止めるかも見ものでもある。


 まあ、一叶いちかのことだから、あんな奴に好意を寄せることはないだろう。けど、オタサーの姫と担がれている取り巻きの一人が、抜け駆けして迫ってくるのだ。困惑するにきまっている。


 その愚痴を聞いてやるのもいいかもしれない。


 いやぁ、俺って本当に性格悪いよなぁ。




**



「亮ちゃん。それから一叶いちかちゃん」


 閉店した店内で、雪姉が俺たちを手招く。


「なんですか?」

「なんでしょう?」

「んーとね。困ったことが起きてしまって」

「困ったこと?」


 俺は雪姉の憂鬱そうな顔を見て、何があったのかと心配する。


「来月はもう11月でしょ? そろそろエアコンを使うかもと思って、試運転してみたのよ。そしたら、なんか調子悪いみたいなの」

「業者の人に連絡しますいか?」

「うん、それはもうしたの。そしたら、来週の日曜日じゃないと来れないみたいで」

「日曜日ですか、曜日的に業者がくるのはまずいですね」


 日曜日はいつもより客は多い。うちの空調は天上に設置型だから、客席で作業をすることにもなるだろう。となると、店を閉めるしかなかった。


「でもまあ、しかたないわ。冬の寒い時期に修理待ちで何日も休業するよりはマシでしょ」

「まあ、そうですね」

「そういうわけで、申し訳ないんだけど来週の日曜日は仕事は休みにしてもらいたいの」

「構いませんけど……」

「わたしもかまいませんよ」


 こればかりはどうにもならない。


「亮ちゃんはともかく、一叶いちかちゃんはバイトだから働きたい時に働けないのはつらいでしょ。臨時休業の補償を出せるほど余裕はないから、現物支給でいいかしら」

「現物支給ですか?」


 一叶いちかが不思議そうにクビを傾ける。


「まあ、現物支給ってのはちょっと違うかもしれないけど、知り合いにもらった水族館のチケットをあげるわ。誰かお友達を誘って行くといいわ」

「わーい、ありがとうございます」


 一叶いちかの喜んでいる顔を見て、俺はそそくさとクロージング作業へと戻る。これは嫌な予感しかしない。


「先輩! 水族館のペアチケットですよ。わたし行ってみたかったんですよね」

「……」


 予想が当たりすぎて怖くなる。こういう時は鈍感系主人公の聞こえないフリだ。


「先輩……なんで逃げるんですか?」

「逃げてねーよ。仕事してるだけだろが!」


 見苦しかろうが言い訳は大切だ。


「わたしが何が言いたいかわかったんですね。さすが先輩です」

「……」


 それは否定しない。だから、逃げる。が、一叶いちかに腕を掴まれてしまった。


「一緒に行きましょうよ。言ったじゃないですか、わたし、友達いないんです」


 そうだったな。だから逃げたんだけど。


「亮ちゃん、せっかくなんだから一緒に行ってあげればいいじゃない」


 俺は雪姉のこの台詞ですら予測していた。ああ、もう逃げられないじゃないか。


「ええ、そうですね。どうせ、休みもらってもやることないですし」


 観念するしかない。


「じゃあ行きましょう。先輩!」


 嬉しそうだな一叶いちかは。


 まあ、俺もそこまで彼女を避ける必要もないのだろうけど、一番のネックはこいつが信用ならない奴だってことだ。


 『水族館デートができれば先輩と仲良くなれる』なんてお花畑なことを考えているんじゃないのか?




◇次回「かわいく撮れました?」にご期待ください!


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