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男装令嬢と呪われた王子の×××な婚約  作者: 織田千咲


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034.【リーナ】

「意気地なし」と妹に罵られても、兄は力なく「そうだね」と呟くだけ。アデリーナは深々と溜め息をついて、ゴミでも見るような目をフィオリーノに向ける。フィオは二階の共同居室の片隅の椅子に座り、両膝を抱えて顔を伏せている。どんよりとした空気は自覚しているが、どうしようもない。


「どうしてルーチェに会いに行かないの? あれからもう五日よ? エミリーに様子を聞いたら、ルッカとして近隣に住まうご令嬢方の茶会に出かけているというじゃないの。未来の王子妃として人脈を広げているルーチェに対して、どうしてお兄様はうじうじ悩んでいるのかしら?」


 フィオには乙女心も、ルーチェの気持ちもわからない。

 呪いが解けたあとは第五王子として公務に精を出し、国王や他の王子王女を支えていきたい、家族を守っていきたい、そんなふうにフィオは考えていた。フィオはそれが「普通」の幸せなのだと思っている。

 昼と夜で性別が変わることは普通ではない。幸福ではない。ルーチェはそれに賛同し、完全な男に戻ったら喜んでくれると思っていた。本当は可愛いものが大好きなルーチェに可愛らしいドレスを与え、危険な目にあうことなく女らしさを磨いてもらえたら……フィオはそんな幸せを夢描いていた。

 しかし、ルーチェはそれを拒絶した。あれは拒絶だ。「心底どうでもいい」とまで言われたのだから。

 男であっても女であっても構わない――そんなふうに言われて、フィオは大変混乱した。ルーチェのために呪いを解こうとしていたのに、当の本人から「解かなくてもいい」と言われてしまったのだ。ルーチェの気持ちがわからないため、自分がどうすればいいのかもわからない。うじうじ悩むのも当然のことだ。そう、自分を正当化する。


「ルーチェは、男よりも女のほうが好きなのかな……」


 だから、呪いを解いてもらいたくないのだろうか。そう考えたこともある。実際、リーナとルーチェの関係は悪くなかった。むしろ、フィオとルーチェの関係よりも深く理解し合えていたように思う。それは、男よりも女の姿のほうがルーチェに接する時間が多かったからだと思っていた。だから、完全な男に戻ったら同じようにいい関係を築けるものと考えていた。

 しかし、そんなフィオの考えは、ルーチェにとっては「心底どうでもいい」ことだったのだ。


「何だよ、どうでもいいって……」


 呪いを解きたいが、呪いを解くとルーチェから愛されないのではないか。幸福のために目指した解呪が、そうではなくなるかもしれない。呪いを解くと不幸になるかもしれない。そんな不安がつきまとう。どうすればいいのか、フィオにはわからない。


「幸福な悩みですこと」

「どこが幸福なんだよ」


 アデリーナの刺々しい物言いに、フィオは剣呑とした視線を向ける。女々しく悩む兄を、妹は楽しんでいるらしい。五日目にようやく声をかけてきたのがその証左だ。


「男の姿でも女の姿でも構わないと、呪いなんてどうでもいいと、ルーチェは言ったのでしょう? ありのままのお兄様を受け入れるということなのでしょう? それのどこが不幸なの? 幸福なことでしょう」

「それは、僕にとっては幸福なのかもしれないけれど、ルーチェにとっては幸福ではないだろう」

「ルーチェは構わないと言っているのに、おかしなこと。なぜお兄様がルーチェの幸福を決めつけるの?」

「だって、普通は」

「普通の幸福って何?」


 アデリーナの追求に、フィオは口ごもる。普通ではない生活を強いられてきたため、歳上の王子王女のような普通の生活に憧れていた。普通の生活こそが、普通の幸福だと思っていた。それは、フィオの願望だ。ルーチェの望みではない。


「ルーチェは一度でも普通の幸福を望んだの?」

「……それは」


 何がルーチェの幸福なのか、尋ねたことはない。強要されたこともない。ただ、可愛いものに触れるとき、ルーチェはとても幸せそうな笑顔を浮かべる。可愛いものに囲まれることは、ルーチェの幸せなのかもしれない。


「アデリーナ。僕は、可愛いか?」

「はあ?」

「僕は、昼のリーナは可愛いか?」


 兄のとんでもない質問に、妹はささやかな胸を張って答える。


「当たり前でしょ。アデリーナ王女は、昼も夜も可愛らしいのよ」


 自信満々な答えに、フィオは「なるほど」と苦笑しながらも納得する。ありのままの自分を好きだと言ってくれる人がいることは、幸せなことに違いない。呪われていても、呪われていなくても、稀有なことに違いない。


「明日、陛下に謁見したら、ルーチェに会いに行ってくるよ」

「あぁ、お父様は明朝に帰還なさるんだったわね。行ってらっしゃい」


 あくびをしながら私室へと戻っていくアデリーナを見送り、フィオはしばらく窓の外を眺めていた。魔石の明かりがぼんやりと照らし出す王都を、静かに眺めていた。




「……確かに、あの娘は黒髪の魔女の子で、彼女を匿ったばかりに緋色の魔獣から呪いを受けた可能性は、ある」


 隣国での八国会議が終わり、国王夫妻は昼前には帰還した。昼食後、国王は大臣や貴族からの報告を受ける時間を設けている。その合間を縫って三兄妹は国王の執務室に出向いて挨拶をし、リーナが代表してオルテンシアのことについて尋ねた。一瞬だけ慌てた国王は、しかし初めて、呪いの正体について三兄妹に打ち明けたのだ。


「緋色の魔獣に接触したことはおありですか?」

「……私は魔獣から『魔境』に近づくことを許されていないのだ。呪いを解く方法を知りたくとも、それが叶わなかった。だから、呪いを隠し、妃たちの気持ちを落ち着かせるために心血を注いだのだ。そのせいでお前たちに不自由を強いてしまったことに関しては、大変申し訳なく思っている」

「呪いを隠すために、ラルゴーゾラ侯爵にもコレモンテ伯爵にも協力を要請しなかったということですね?」

「妃たちは、私の、王家の恥を他人に晒すことをひどく嫌がったのだ。大手を振って助けを求めることはできなかった。仕方がなかったのだ」

「仕方がない、って便利な言葉だねぇ。自分の弱さを正当化する素晴らしい言葉じゃないか」


 ジラルドとリーナ――息子二人から責められて、国王はうなだれるしかない。アディはリーナの腕の中から国王を睨んでいる。

 オーカに魔女の子を託したあと、国王は魔女とも疎遠になった。王都に戻ってきてから二十年間、魔女にも魔女の子にも会っていないという。

 ただ、王家から花鳥歌劇団への寄付額は増やされることとなった。「金さえ出せばいいという考えだったんだね」とジラルドは呆れ、「オルテンシアがかわいそう」とリーナは嘆き、「ナァ」とアディが同意する。それでも国王は「仕方がなかったのだ」と呟く。三兄妹はそれぞれが溜め息を吐き出す。


「それで、陛下は呪いを解く気はあるの? 魔女の子を魔獣のもとへ戻すだけで呪いが解けるのなら、元凶であるあなたが率先して行なうべきなんじゃないかな?」

「……それは」

「それとも、王家の隠していた秘密を国民に公表して、私の、第五王子が病弱だという嘘を認め、名誉を回復してくださるのかしら?」

「そうだね。現状、一番不利益を被っているのはフィオリーノだ。数ヵ月後には結婚するというのに、その婚約者にまで迷惑をかけているのだから」

「……本当に申し訳」


 頭を下げようとする国王を押し留め、ジラルドとリーナが「どうするのか」と詰め寄る。緋色の魔獣のもとへオルテンシアと赴き、謝罪をして呪いを解いてもらうか、二十年王家が隠してきた秘密を白日のもとに晒すのか。三兄妹は既に覚悟の上だ。国王の選択をただ見守る。


「少し、時間をくれないか。妃たちに話をしておかなければならぬ」

「時間なら二十年もあったはずだよねぇ。まさか、魔獣の呪いと魔女の子の因果関係を全く考えなかったわけではないよねぇ?」

「そう。考える時間ならたくさんあったはずです。妃殿下を理由にしないでいただきたいわ」

「ナーア」

「わ、わかった、わかったとも!」


 国王が三人の妃から叱咤されることを恐れているのが何とも情けない。おそらく、これは二十年間責任を取るのを放棄してきた国王の末路なのだ。妃たちから怒られ、呆れられ、失望されればいい。三兄妹はそんなふうに思う。それが呪いを受けた国王の責任の取り方だ。その後父王がどのような選択をしても、子ども三人は受け入れるつもりだ。


「わかった、必ず、お前たちを自由にすると約束しよう」

「当然だよね」

「当たり前のことですね」

「ニャ」


 三兄妹がとりあえずは溜飲を下げたことを知り、国王はホッとする。そして、すっかり冷たくなった香茶を飲む。ジラルドもリーナも淹れ直す優しさは持ち合わせていない。


「ところで、アデリーナ。手紙を読んだぞ」


 リーナの腕の中でアディがわかりやすくビクリと震えた。既に国王は朗らかな笑みを浮かべている。


「良かったではないか。ラルゴーゾラ侯爵家のヴァレリオからも求婚の手紙が届いていたようだよ。まさかお前たちが想い合っているとはなぁ」


 アディがリーナの腕から転げ落ちる。軽やかに床に降り立ち、国王が座る椅子のほうへと走っていく。リーナの制止も間に合わない。


「今日、ヴァレリオが謁見の申し込みに来ると思うが……おっ? おおっ? うわっ!」


 アディは国王の膝の上に飛び乗り、柔らかい肉球でその頬を殴る。もちろん、爪で引っ掻いたものではないため、怪我はしていない。だが、国王の椅子が倒れそうになり、ジラルドとリーナが慌ててそれを支えることになった。

 アディはそのまま開いている窓のほうへと走っていく。「アディ!?」とリーナが慌てて追いかけるも、猫の足のほうが圧倒的に速い。アディは窓から飛び出し、庭のほうへと走っていった。


「アデリーナ? おや、どうした?」


 きょとんとする国王を見つめながら、王子二人は溜め息をついた。


「陛下は本当にデリカシーというものを持ち合わせていないなぁ」

「今のは陛下が悪いです」

「えっ? どこがダメだった? ええー?」


 リーナはジラルドに後のことを任せ、アディを探しに走るのだった。




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